第9話 デート②
「告白して、なんておかしいよね! い、今の忘れて」
慌てて訂正する柏野。
でも今の言葉を忘れることはできない。
柏野は俺に告白して欲しいと思っているのだろうか。
「もう少し、待ってくれないか」
それが俺にできる最大限の返事だった。
柏野は理由を聞いてくることはなく、ゆっくりと嬉しそうに頷く。
「待ってる、ずっとずっと」
◇ ◇ ◇
俺と柏野はベンチに隣同士で座って少し落ち着く。
さっき買ってきたお茶を飲んで喉を潤す。
さてと、これからのデートをどうしようか。
横を見ると、柏野も水分を補給していた。なんとなく今日はもうどこにも行かず、このままベンチで隣に座っていた気分だ。
「なんだか学校みたい」
「学校?」
「ほら、私の隣に十夜くんがいるって学校と同じでしょ」
「あーだからか」
一つ府に落ちたことがある。
でもそれを口に出したくない、恥ずかしい。
「なにかわかった?」
頭に疑問符を浮かべている柏野は不思議そうな表情で尋ねた。
視線を逸らして俺は気恥ずかしさを隠すようにして後頭部を触る。
「こうして柏野の隣にいるのってなんだか落ち着くな。と思って」
「言われてみたらそうかも、なんかしっくり来るね」
「でもこんなに距離は近くないような」
肩と肩が触れ合うくらいの距離感、さすがに学校ではこんなに密着していない。だがここは学校ではなくただのショッピングモール。この状況に異議を申し立てるのは逆に柏野に失礼に値することになる。
「普段の学校でもこれくらい近いといいのにね」
「それは難しいかもね」
俺としてはクラスの連中に柏野と友達であることをバレたくない。こんなところを見られれば即刻アウトだ。
でも柏野はきっとそんなこと気にしないというだろう。
だからこそ早く、陰キャを脱しなければならない。
そう思ってると俺の手に慣れない感触が伝わった。
「私は十夜くんだけを見てるから」
そっと握られた手を一瞥し、俺は柏野の手を握り返した。
幼馴染とすら繋いだことのなかった手。
どことなく懐かしさと安心感に包まれて俺は目を瞑った。
「そろそろ行こっか」
ふと気が付くと、柏野が俺の手を離して立っていた。
右手に握られたスマホを見つめて何かうずうずとした様子で今日一番の笑顔を浮かべている。そこまでの嬉しい出来事でもあったのだろうか、なんてことを聞くのは野暮ってものか。
一つ息を吐いて俺も腰を上げる。
「……あれは」
立ち上がってすぐ、俺はできれば見たくなかった者を見つけてしまった。
「ん?」
俺の視線を追いかけるようにして柏野もそちらを見る。
多分、俺よりもその人物にピンと来るだろう。
なぜなら普段絡んでいる陽キャグループのカップルが歩いているからだ。
柏野も二人を見つけたようでもう既にそっちに向かって足を踏み出している。
「あの、柏野さん」
「ちょっと声かけてくるね」
「待って! ……待ってください」
「? すぐ戻って来るから平気だよ」
柏野は笑って言うが、そういうことじゃない。
声をかければすぐに俺の存在もバレる。
そうなれば柏野に迷惑が掛かってしまう可能性も生まれてしまう。できればここはスルーして頂きたいが、どう説明すればいいのか。
「彼らとは学校で話してくれないか。今はちょっと」
結局、言葉を濁すことしかできなかった。
納得してくれるだろうか、そう思っていると柏野は満足そうに頷いて俺に体を向ける。
「十夜くん、嫉妬してくれたんだね」
「……え、あ、ああ」
嫉妬とは何か違うと思うが彼女がそれで納得してくれるのなら別にいいか。
「そうだね。学校でいくらでも喋れるし今日は二人の時間を大切にしようね」
そう言って柏野は俺の手を握って先導して歩きだす。
引っ張られるように俺も柏野の後ろに続く。その時、ふと背中に誰かの視線を感じたような気がしたが……。
「どうかした?」
柏野が立ち止まって振り返って訊いた。
「いや、俺たちって傍から見たらどう見えるんだろうなって」
「恋人以外に何かある?」
迷いなく答える彼女を見て俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「告白できるよう頑張るよ」
「がんばれ、十夜くん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます