第8話 デート①
いよいよ柏野とデート? なわけだが昨日はまともに眠れなかった。
久川の時とは違って真剣に服装も選んで待ち合わせ時間の五分前に着くように行く。
しかし、もう既に柏野は待ち合わせ場所にいた。
目立った格好はしていないが、スタイル良く美人なことも相まって人目を惹いていた。変な男に声をかけられて不安に駆られるが、そんなことを考えられる関係性ではない。
遠目で様子を窺っていると、柏野が急にこちらへと視線を向けた。
目が合ったと同時、スキップでもするかのような動きで一直線に近づいてくる。
さっさと声をかけないから余計な手間をかけさせてしまったと少し後悔。
「ごめん、遅くなった」
「うんうん、そんなことないよ。私がちょっと早く来ちゃっただけだから」
ニコニコと笑っている柏野は可愛い。それはきっと普段、制服姿ばかり見慣れているから私服が新鮮に映るせいだろう。それにだ、休日に二人で出かけるという如何にもなシチュエーション。テンションの上がらない陰キャはいない、断言できる。
さてと、どこに行くか。と話を進めようと思ったが、柏野はぎゅっと両手を握り締めて俺の目を真っすぐ見つめていた。
何かを訴えかける表情、そんな柏野の表情も
「……かわいい」
「え?」
「え? あ、いや、その服も似合ってるなと思って」
ぱちぱちと瞬きをして柏野は固まる。
思わず言葉が漏れ出てしまったのだが、キモイとか思われてないか、嫌われてないか、そんな不安が頭の中を過る。
どう言い訳しようか考えていると、目の前にいる柏野が突然、後ろに倒れそうになった。
「危ないっ!」
慌てて体を支えると、正気に戻ったのか柏野は俺の腕を力強く掴んで恥ずかしそうに俯いた。
「……ありがとう」
「大丈夫か。気絶したいみたいに倒れたけど」
熱中症か? まだそんな季節じゃないと思うが。
今日のお出かけは楽しみだったが、中止にした方がいいかもしれない。どう話を切り出そうか迷っていると、柏野がゆっくりと動きだして俺の腕から手を離した。
「もう大丈夫だから、心配かけてごめんね」
「本当に平気か……、もしあれなら今日はやめておくか?」
「それはダメ!」
即答かつこんな力強く返されると思ってなかった。
「そ、その元気があれば大丈夫か」
「ただの寝不足だから! 大丈夫っ、楽しみでワクワクして眠れなかっただけだから……」
柏野も楽しみだった、その言葉を聞けてちょっと安心した。
「そうなのか。俺も眠れなかったから同じだ」
「……っ! うん同じ」
告白されたとは言え、恋は気まぐれという言葉を聞いたことがある。明日には彼女の想いが違う誰かに寄せられてもおかしくはない。
さっさと恋人になればいい、そんな結論が出せればどれだけ楽だろうか。おそらく今すぐ恋人になったとしても彼女を失望させてしまう。それならば、もう少し陽キャというものを知ってからでも遅くはない。
今日はデートの予行練習だと思っていく。
「十夜くん、今日はよろしくね」
「こちらこそよろしく」
◇ ◇ ◇
デートの予行練習だと思い、気合を入れて挑んできたが想像以上に
なぜか、その理由はたった一つ。
会話が弾まない。
ぶつ切りの会話ばかりでなかなか広がっていかない。
でもまあ、これも今のうちに経験しといてよかった。修正していけ徐々に慣れていけばいい、まだ遅くはないはずだ。
自販機から二つ飲み物を買って柏野の待っているベンチへと向かう。
買ってきた飲み物一つを柏野に差し出すと、きょとんとした顔をしている。
なにかまずいことでもしたか。
お茶が飲めないとか? そんなわけないか。
「二本買ったんだね」
……二本? 足りないのか、それとも多いのか。どっちだ。
「柏野さんの分と俺の分だけど……足りない?」
尋ねると、柏野はぶんぶんと首を横に振って差し出したお茶を受け取った。
「一本でも良かったのにな、と思って」
「一本?」
「うん、二人で一つ」
でもそれだと俺と柏野さんで分け合うことになると……え、そういうことなのか。
童貞として、陰キャとしてこれをどう受け取るかで今後の展開が。と思考を駆け巡らせていると柏野はニヤニヤとした表情をしていた。
「ドキッとしたでしょ」
もしここに久川がいたら盛大に笑われてたことだろう。
「正直、びっくりした」
「ごめんね。なんだか十夜くんがつまらなそうにしてたから」
「いや、そんなことない。寧ろ、柏野さんがどう思ってるのか」
「私は楽しいよ。だって十夜くんとこうしてデートできることがもう夢みたいだから」
決して嘘なんかじゃない、気を遣って言ってるわけでもない。告白の時と同じように柏野は真っすぐと言い切った。
その姿はカッコよく可愛く、どんな男でも一度は惚れてしまう。
だからこそ、なぜ俺はあの時この女の子の告白を断ったのか疑問に思う。
呆気に取られていると、柏野は小悪魔めいた笑顔を作ってニコリと微笑んだ。
「十夜くんにお願いが一つあります」
「な、なんですか」
一瞬の静寂を超えて柏野は告げる。
「今日のデートが終わったら私に告白してくれませんか?」
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