第11話 危機

 昼休み、久川奏音ひさかわかのんが俺を呼び出した。

 何の用件かわからないが、碌な話ではないだろう。


「で、いつ告白するの?」


 やはりこういう話か。


「決めてない。……決めてたとしても久川には言わねえ」

「少しくらいなら手伝ってあげてもいいけど?」

「どうせ何もしないだろ、久川のことだから」

「そ、そんなことない……よ」


 目が泳ぎまくってる久川の言葉に説得力というものは皆無だった。

 陰キャがどうのとか言って何もしない可能性は高い。


「手伝うって具体的には何企んでんの」

「別になんにも企んでないし! そんな卑屈な考えばかりしてると嫌われるゾ、てか嫌われろ」

「はいはい、でなんか考えがあるのか?」


 軽く受け流して話を進める。

 久川は若干、戸惑ったような表情をしたがすぐに普段の顔に戻って一度咳払いをした。


「……うーん、告白がうまくいくように根回しするとか。あんたの良いところをさりげなく教えて意識させたりとか」

「俺の良いところって?」

「…………」


 ちょっとワクワクしながら答えを待っていたが、何の返事も返ってこない。

 いやわかってたけどね、別に傷ついてたりとかしてないから。

 よく考えれば、陰キャぼっちの俺にパッと思いつく良いところがあれば中学の時にでも彼女の一人や二人作れていたはず。


 そう自分で納得して久川の方を見ると、頬を真っ赤に染めて俯いていた。


「おい、どうかしたか」


 明らかに様子がおかしいので声をかけるが返事がない。

 近寄ろうと距離を詰めると、久川の口が僅かに動く。


「……ない」

「え?」

「なんでもないっ!」


 久川はそのまま教室の方へと戻って行ってしまった。

 力強い言葉に気圧された俺はただ呆然と彼女の背中を見送る。



 ◇ ◇ ◇



 隣の席に座る柏野綾は今日も変わらず、いつも通りの表情と声音で話しかけてくる。


「聞いてきたけど、『いたの!?』ってびっくりしてたよ」

「そっか、よかった」


 柏野が話しているのはデート中に遭遇してしまったクラスメイトのことだ。俺と一緒にいるのを見られた可能性はあったわけで、多少ドキドキしていたがこれで一安心と言える。

 ただ問題があるとすれば……。


「ねぇ、十夜くん」


 こうしてしょっちゅう柏野から話しかけられることだろう。

 席が隣同士ということもあってそこまで目立ってはいないものの、俺の存在は認知されてしまっているに違いない。


 彼女の言葉に反応して隣を見ると、ニコニコと楽しそうに笑っている柏野と目が合った。

 バッチリと開かれた瞳孔は俺を見据え、離さない。


「柏野さんは別にいいの?」

「え?」

「いや、俺なんかと喋ってるところ友達に見られても平気なのかなって」


 この言葉だけは言いたくなかったが、仕方ない。

 彼女からの好感度とか、卑屈に見られたくないとか色々思うところはあったが彼女の真意を俺は知りたかった。


 柏野は一瞬、意表を突かれたような顔をしていたが、クスっと笑い出した。


「そんなこと考えたこともなかった」

「そっか」

「あー、だから十夜くんは学校で冷たいんだね」

「そうかな? 冷たい、俺が?」

「デートしてた時と全然違うよ!」

「あ、あの柏野さん、声が大きい」


 そう制止すると、柏野は口元に手を当てる。


「ねぇ? もし私と十夜くんの関係が皆にバレたら抱きついてもいいかな」

「そ、それはどうだろう」


 らんらんと目を輝かせながら柏野はどこか遠くを見ている。

 学校でそんなバカップルのようなことをするのは些か抵抗があるが、興味がないわけじゃない。寧ろ、その逆。


「……まあ、バレたらね。でも柏野さん、頼むから秘密に」

「わかってる、十夜くんがそうしたいんだもんね」


 柏野は自分の胸をポンと叩いて頷いた。

 やっぱりこの関係をおおやけにするのは気が引ける。というより自信がない。できることなら卒業まで秘密にしておきたいものだ。

 久川になら言ってもいいかもしれないけど。


 さっさと陽キャにならなきゃな。

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