第5話 勝負②

 ナンパしろ、そんなことをいきなり言われて出来てしまう陰キャなど存在するだろうか。

 もちろん俺も典型的な陰キャなわけでその例に漏れることはない。

 絶対に無理だ、そう確信できる。

 でも勝負を受けた。いや、正確には動揺してる間に勝手に決定されてしまっただけで俺は決して乗り気ではない。


 シンプルに最悪だ。

 詰んだと言ってもいい。


 制服のままだと色々とまずいので、一度家に帰ってから私服に着替えて駅で集合……となっているのだがやはり久川は来ない。

 今日だけでどれだけ俺の時間を無駄に奪えば気が済むのだろうか。


 ここまで時間にルーズで彼氏とうまく行ってるのだろうか。……まあ、の話だが。


「きもい顔してるわよ、あんた」

「……っ!? い、いつからそこに」

「今来たばっかだし、つーか、なにさっきの反応。まじウケる」


 あははっと声をあげて笑う久川。そんな彼女の姿は普段のイメージとは違って地味な服装と目深に帽子を被った、簡単に言えば陽キャっぽくない格好をしている。


「なんか変なこと考えてない?」

「いや、別に。それよりどうすればいいんだよ」

「敵である私になにヒント得ようとしてんの、教えてあげるわけないじゃん」


 そりゃそうか。

 普通に考えて久川が俺に教えてくれるはずなどない、誰だって最初は未経験だ、何事もチャレンジしなきゃ始まらない。


「ナンパを一回でも成功させればいいんだろ?」

「そうそう、頑張って女の子に声をかけてくるといいわ、あんたが綾と釣り合うはずがないって自覚すると思うから」


 久川は悪魔みたいな笑顔で俺を送り出す。

 完全に俺の負けを確信している。

 ……だが一つ、考えてみて欲しい。


 なぜ柏野は俺のことを好きになったのか。

 ほとんど喋ったことない俺を好きになれたのか。 何かしらの魅力があったに違いない、その魅力とやらを見つけることができればもしかしたらなんとかなるかもしれない。


 まだ俺は諦めない。




 ――二時間後。


「やっぱり勝負方法変更しないか?」

「ちょ、ちょっと今は話しかけないで……ふふっ、あはははははっ、ほっんとおもしろい。マジでちょーウケる。あー腹いたい」


 ボロ負け。

 全戦全敗、暗黒時代の横浜ですらドン引きするレベルの弱さ。

 声をかけて会話する間もなく、俺の前を素通りしていく。事情をよくわからない人が傍から見ていたら不審者が女子高生に話しかけてるように見えてもおかしくない。

 通報されなかっただけ運が良かった。


「わかってると思うけどー、このまま明日も続けるからね?」


 ワクワクと何かを期待した表情で久川は死の宣告をする。


「……お前、俺のメンタルぶっ壊す気かよ」

「でもさすがにこのまま大差で決着しても冷めるから少しハンデをあげる」


 全く期待のできない久川の言葉。

 しかし、俺はもうそれにしか縋れない段階に来ている。


「それで明日は何時に来ればいいんだ?」

「お昼でいいんじゃない。土曜だし人も時間も多い方が嬉しいでしょ? あ、これもハンデの一つだから」

「へいへい」



 ◇ ◇ ◇



 二日目、土曜日。

 今日も久川奏音ひさかわかのんは遅刻する。

 来たのは集合時間を三十分程過ぎてからだった。


 欠伸をしながら久川は昨日と似たような地味な恰好で歩き出す。


「どこ行くんだ?」

「飯を食いに行く」

「は?」

「お腹が減ってたら集中して笑えないでしょ?」


 知らねえよ。

 俺としてはもう一秒すら無駄にできない、久川の我儘に付き合ってるほど暇じゃない。

 だが久川の意向を無視したところで勝負に勝てるわけじゃないし、逆に悪印象を与えてしまう。


「わかったよ」

「よろしい」


 思ったが、昨日からやけに久川の機嫌がいい。というか楽しそうに見える。おそらくとんでもないドSなのではないだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら歩いていると、隣を歩く久川が何かに躓く。それを見ていた俺は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。


「ちゃんと歩けよ」

「触んな、バカ。歩くくらい普通にできるっつーの」


 俺の手を振り払って久川はぷんすかと怒って歩き出す。

 さっきまでの和やかな雰囲気は一転して険悪なムードへと変わっていった。


 これ、ちょっとまずくないか。久川にヒントを教えてもらって逆転満塁ホームランを打つ予定だったのだが教えてもらえない展開あり得るんじゃねえの。

 昨日の夜とかネットで色々と調べたけど実になるものは何一つなかった。

 だからこそ、久川の機嫌を損ねるのはまずい。


 そこで俺は考えた。

 またと転ばないように久川の動きに目を配り、レストランに入る時には率先して扉を開け、椅子を引いてあげる。

 メニューを先に決めさせ、素早く注文。ドリンクも当然俺が注いでくる。


 結果、彼女の機嫌が悪くなっていきました。


「……いや、ほんとにキモい」

「なんでだよ!?」


 俺の向かい側に座っている久川は心底引いた表情で言っていた。

 出来る限りのことをしたつもりだったのだが、何が気に食わなかったのだろう。


「なんか変なこと企んでるんじゃないの」

「昨日、言ってたハンデとやらに期待してるだけだ」

「はぁ? そんなこと?」

「そんなことではない、俺にとっては重要なことだ」


 大したことない情報なのはわかってる。

 それでも使えるものは使っておく。

 どこか諦めたような表情をした久川はストローを咥えながら言う。


「まずさ、どうしてあんたのナンパが上手くいかないと思う?」

「それは陰キャだからか」


 コミュ力とか一番足りてない、負のオーラを背負っているせいかもしれない。いや何かしらの後遺症によってナンパができないからだになっている、とか。

 考えれば考えるほど思い当たる節が……。


「違う。見た目が悪いから」

「ストレートだな!」


 いや、わかってましたよ。

 そうなんじゃないかな、とか考えてました。


「ひとまずメガネ外してそのボサボサの髪も切りなさい。それくらいしたら少しくらいは面白い勝負になるかもね」


 そういえばそうだった。

 俺、半年近く髪切ってねえよ。

 ただ問題が一つある。


「久川に頼みたいことがあるんだが」

「なに」


 嫌そうな顔で久川は答えた。


「美容院に一緒に来てください」


 陰キャの俺が一人で美容院など行けるはずもない。

 断られるだろうなと思いつつも一応、返事を窺う。


「しょーがないから行ってあげる」


 思いのほか、機嫌が良いみたいだ。

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