第4話 勝負①

「いや無理無理、まじでキモイから」


 陽キャにしてくれ、というお願いは確かにあまりに突飛だ。

 久川が納得するはずがない。


「ちょっと言葉を間違えた。柏野の好みを教えてくれ」

「……もしもし、学校に変態が」

「っておい! なに本当に電話してんだ」


 ドン引きした表情でこちらを見ている久川はスマホをポケットに入れて冷たい目をして言う。


「なに、綾に告白でもしようとしてるの」


 その逆で告白をされた。

 とは言えるわけもなく、俺は暫し考え込む。まあどうせ言ったところで信じるはずがないけどな。


「ああ、俺は柏野に告白しようと思ってる」


 驚くこともなく久川は白けた様子で頷いた。


「無理。綾があんたなんかと付き合えるはずがない」


 やっぱり俺は間違ってなかった。

 あの時、柏野の告白を受けていたら今ある平穏な高校生活は崩れ去っていたに違いない。久川の言動を見ていれば容易に想像できてしまう。


「だから俺が柏野と付き合えるように協力してくれ、ってわけだ」

「嫌だ、根暗メガネの陰キャぼっちと会話してる今ですら虫唾が走るって言うのに」


 淡々と吐き捨てるように久川は躊躇なく罵倒してくる。

 本当にひどい言われ様だな。

 別に事実だから否定はしないが、ムカつきはする。一発殴っても文句は言われないと思う。


 あれもダメ、これもダメ、と俺の作戦はさっきから失敗している。

 こうなったらもう究極のあの手を使うしかないか。


 ポンと手を叩いて俺は何かを思いついたように装って告げる。


「じゃあ俺と勝負しよう」


 再三の提案を持ち掛ける。

 正直、これでも乗ってこなかったもう無理だ。

 流石に同じようなパターンで察したのか、久川は呆れた顔でこちらを見ている。


「……で?」

「俺が勝ったらこれからも柏野と会話するのを許してくれ。俺が負けたらお前の言う通りにする」


 久川の様子を窺っていると思案顔を浮かべてなにやら考えている様子だった。


「勝負方法はどうするの?」


 久川が乗り気ならこちらから提案したい所だが、あまり乗り気じゃない。そりゃそうか、いきなり勝負しようで「はい、勝負します」というバカはいないだろう。

 正直、勝負方法を向こうに明け渡すのはやや不安だが仕方がない。


「久川が決めてもらって構わない。どうする?」

「ふーん、じゃあしよっか。しょーぶ」


 ようやく久川が首を縦に振ってくれた。


「言っておくが、どっちかが一方的に有利な勝負は勘弁してくれよ」

「そんなのわかってるって。公平に、ね」


 けらけらと笑って答える久川、全く信用できない。

 そろそろ休み時間が終わる頃になってきた。

 とりあえずこの話は明日に持ち越しになる。……と思っていたのだが、久川が何かを思いついたように不敵な笑みを浮かべた。


「決めたよ、勝負方法」


 はえっ。

 まさかコイツ、適当な事言ってからかうつもりじゃねえだろうな。

 スッと息を吸って俺は丁寧に言葉を発する。 


「言っておくが俺はマジで柏野に告白するし、付き合えると思ってる。お前がふざけるなら俺も容赦しない」


 ちょっと自分でも何を言ってるのかわからない。

 穴があったら今すぐ入りたい、けど久川にはちゃんと届いてるみたいだった。


「マジで死ね。放課後、正門前で待ってな。明日にはもう綾と話せなくなってるかもね」



 ◇ ◇ ◇



 放課後、俺は言われた通り正門前で久川を待つ。

 部活に行かない帰宅部が一人二人、十人、二十人と通り過ぎていく。

 俺と久川は同じクラスでホームルームが終わる時間も同じ。


 ……だが、未だ来る気配はない。

 これは騙されたと疑っても仕方ないのではないか。寧ろ、こうしてまだ待つ選択をしている俺が聖人君子なのでは。


 かなりの時間が経ったと思う。

 スマホを弄っていれば気を紛らわすことができるけれど、一人で突っ立ているのは周りの目線が気になって仕方ない。

 後十分待って来なかったら帰ろう。

 そう決めたと同時、久川の姿が見えた。

 別に焦ってる様子もなく、堂々とした凛とした表情でこちらに向かって歩いて来る。


「……なに、なんか文句でもあるの」


 呆れ過ぎて何も言えなかったのは初めてだ。

 怒るべきか笑うべきか、それとも容赦なくど突くべきか。


「謝罪の一言でもあっていいんじゃないの、と思った次第であります」

「はぁ、わからない?」

「え、なにが」

「私があんたみたいな陰キャと一緒にいるところすら見られたくないの、普通の時間に帰ったら皆に見られちゃうじゃない」


 それなら正門集合にしなければいいじゃん、とは言えない。


「教室とか屋上じゃダメなのか」

「放課後に屋上は開いてないし、教室は誰かに見られたら告白してるのかと勘違いされる。ここが一番自然になるの」


 久川は冷めたような顔で面倒くさそうに説明してくれた。

 さっきは久川に対して恨みとか殺意を抱いていたが、ここまで一貫した信念を見せつけられると圧倒される他ない。


「で、勝負するんだよな」

「もちろん、だからあんたをここに呼んだわけ」


 なんだかとんでもなく嫌な予感がするのだが、今更もう遅いことはわかってる。

 俺から持ち掛けた勝負だ、逃げる選択肢などない。

 にやにやと久川は悪戯な笑みを浮かべ、


「期限は三日、一回でもナンパ成功したらあんたの勝ち。これでどう?」

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