第3話 友達の友達

 柏野と友達になって初めてのお昼休み、別に彼氏彼女という関係じゃない以上、何かしらの期待をするのはおかしな話。

 当然の如く、一人で飯を食う。


 十分も経たずして食べ終わった。談笑しながらお昼を食べてる柏野に一瞥し、いつも通り図書室へ……と思ったのだが柏野との約束を思い出して踏み止まる。

 授業の課題は全て終わらせているし、読書も気分じゃない。

 テキトーにスマホでも弄ろうかとポケットの中を探る。


「あのさ、ちょっといい?」


 スマホが見つからない。

 あれ、どこかで落としたか?


「ねえ、聞いてんの!?」

「……え、俺?」

「そう、あんたよ。あんたに話しかけてんの」


 ショートカットで高校生にしては少し派手目なメイク、着崩した制服の隙間から何かが見えそうで視線が吸い寄せられる。

 この女の名前は、久川奏音ひさかわかのんだったはず。

 よく柏野と一緒に行動している。さっきも一緒にご飯を食べていた。


「ちょっとついてきて」

「あ、ああ」


 陽キャの人間と会話し慣れてない俺には今何が起こってるのか全くわからない。漫画だと連れて行かれた先に不良がいてボコボコにされる展開もあるだろう。

 だが彼女は柏野の友達だ。

 流石にそれはないだろうと思いたい。


 久川に連れて行かれ、俺は屋上にやって来た。

 普段、屋上なんかには来ないが今日は誰もいないようだった。それとも普段から誰もいないのだろうか。


 屋上は心地よい風が吹いて静かだ、図書室には劣るがここも悪くない場所と言える。


「……はぁ、うっざ」


 屋上の空気を堪能していると落ち着いたこの場所に似合わぬドスの利いた低い声が聞こえてきた。発したのは屋上にいるもう一人の人物で間違いない。


「それは俺に言ってるのか」

「あんた以外に誰に言うの」


 いきなり連れ出されたと思ったら罵倒を浴びせられる。

 何か恨みでも買うようなことをしただろうか。


「それで何の用で俺を? 今は周りに人がいないけど変な誤解とかされるんじゃないのか」


 久川は引き攣った表情で嫌悪感を包み隠すことなく露わにした。


「ほっんとキモイ。なんであんたみたいな根暗メガネがあやと……」


 綾、どこかで聞き覚えがある。

 あー、柏野の下の名前は綾だったか。


「柏野がどうかしたのか」

「あんたには関係ない話よ。それより今後、綾と会話するのはやめてよね! マジきもいから」

「……別に言う通りにしてもいいけど、柏野にはちゃんと言ったのか」

「は?」


 何を言ってるのかわからない、とでも言いたげな表情で久川は固まった。


「素直にお前の言うことを聞いたとして、これから俺は柏野と会話しないように気をつけたとしよう。でもだ、俺から話しかけずとも柏野から会話を持ちかけられることだってあると思う。そしたら俺は無視ししなくちゃいけない。それはなるべく人として避けたいんだが」


 もちろん久川の言うことを聞くことなど万の一つとして有り得ない。

 ただ正面からぶつかって反感を買うより論理的に問い詰めた方が和平交渉ができると思った。

 もちろんうまくいけばの話だが。


 所詮は根暗メガネで陰キャぼっちの会話術だ、期待はできない。


「……なにその態度」


 俺の話に乗っかってくれたらよかったのだが、久川の様子を見る限りそんな雰囲気はしない。寧ろ悪化してる。

 久川はぷるぷると体を振るわせながら言葉を続けた。


「調子に乗んな、陰キャぼっちのくせに」



 ◇ ◇ ◇



 これは俺が中学校の時の話だ。

 高校生で陰キャぼっちと化す俺でもそこそこ輝かしい人生を送っていた時期がある。

 だからと言って女にモテモテ、クラスでもリーダーシップを発揮というわけじゃない。普通に楽しい、中学生活だ。


 ただ一つ、自慢できることと言えば幼馴染が可愛い。


 俺には幼稚園から小学校、中学校とずっと一緒の幼馴染がいた。その子は天真爛漫という言葉が似合っていていつも明るくどこに行っても輪の中心にいるような人物で幼馴染じゃなければ一緒にいることはなかったはずだ。

 いつから好きになったとか、いつから向こうが自分のことを好きだと勘違いしてた、とか覚えてない。

 ただ自然と、いつの間にかそう思っていた。


 だから自分の気持ちに気付くのが遅れてしまったのかもしれない。

 そしたらいつの間にか卒業式になっていた。


 卒業式当日は今まで悩んでいたのが嘘のように告白する決意がすんなりと固まった。幼馴染を家の近くの公園に呼び出して告白する。

 そのはずだったのだが、俺が告白をする前に幼馴染は唐突に告げた。


「私、春樹みたいな陰キャとは付き合えない」


 告白イベントを経験することなく俺の恋は終わったのだ。


 翌月から高校生、俺はネットや漫画で得た知識を武器に陽キャに生まれる変わることに決めた。

 モテたい、というわけじゃない。

 ちょっとばかし幼馴染を見返したいと思った。


 だが現実はそう上手くいかない。

 メガネからコンタクトに変えても、ワックスをつけて髪を整えてみても大した変化はなかった。

 そして今に至る。


 俺が高校一年間と一ヵ月、こうしてぼっち生活を送ったのは幼馴染のせいじゃない。寧ろ、彼女は俺に気付かせてくれるチャンスをくれていた。



 ◇ ◇ ◇



「久川、俺が陽キャになったら柏野と会話するの認めてくれるか?」

「なにそれ、なれるわけないじゃん。あんたなんかに」


 このまま一人で学校生活を送るのはゴメンだ。

 久川は陽キャだ、それは正しい。

 一年前、俺は陽キャになれなかったがそれは陽キャになる方法を知らなかっただけだ。


 つまり、正しい道を辿ることができるなら俺も陽キャになれるだろう。


「久川、お前に頼む。俺を陽キャにしてくれないか?」

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