第6話 勝負③
最終日、勝負の日曜日。
俺と久川は美容院にやって来ていた。
本来だったら昨日、行く予定だったのだが予約でいっぱいだった為、断念。
「メガネ外せって言ったでしょ」
「うるせぇなー、俺はメガネが好きなんだよ」
「はぁ、あんた何もわかってないわね」
久川を一瞥した後に俺は美容院へと足を踏み入れた。
何をすればいいかわからずに固まっていると久川が俺の前へと出て店員と会話を始める。
一分もせずに久川が戻ってきた。
「もう後は髪を切ってもらってお金払うだけでいいから」
「お前はどこ行くんだ?」
「テキトーに喫茶店で待ってる。終わったら連絡して」
そう言い残して美容院を後にした久川。
その後ろ姿を見ていたら俺にさっき話していた店員が近づいてきた。
俺の顔を見るなりニコリと邪悪な笑みを浮かべる。
……久川が俺に負けさせようとするなら意味わからん髪型の指示とか出してる可能性がある。
「……あの、坊主はやめてもらってもいいですか」
「は?」
◇ ◇ ◇
美容院が終わってようやく俺は慣れない空間から解放された。
正直言って、何が変わったかはわからない。
これでナンパが成功して勝負に勝てる、と考えるのは短絡思考過ぎる。
とは言え、頭が軽くなって気分が上がってるのは間違いない。
さあ、いざ決戦の舞台へ。
と言いたいところなのだが、久川が来ない。
美容院を出る直前に連絡をしたのだが、見事に既読スルーをされている。
暇だ、また暇な時間がやって来た。
その時、ふと思う。
メガネを外したらもしかしたら変わるかもしれない、と。
久川に言われた通り、家を出る直前まではメガネを外して行く予定だったのだがまた無くす気がして直前でメガネをかけた。
ただコンタクトケースは持ってきている。
……今日だけでもつけてみるか。
久川が来たのは十分くらい後だった。
彼女にしては思ったより早く来たと言ってもいい。
だが俺が見つからないのか、きょろきょろしている。それもそうだろう、俺を根暗メガネと呼ぶくらいにはメガネの印象が強かったはずだ。
ちゃんと会話してから三日と経っていない。
見つけるのはなかなか難しい。
軽くため息を一つ吐いて俺は久川に近づいて行く。
すると向かって行く途中で目が合った。
流石にこれで気付くかと思っていると、久川は頬を赤く染めて顔を逸らす。
「おい、なにしてんだお前」
びくっと肩を震わして久川は俺の声に反応した。
「……あの、えーと私に何か用ですか」
これマジで気付いてない。
と、そこで俺は閃いた。久川をナンパすれば完全勝利できるのではないかと。
できれば、話しかける前に思いつきたかったところだが仕方ない。
お前、と声をかけてしまったせいで久川が不審そうな面持ちになっている。
「え、もしかして十夜?」
「誰だ、そいつ」
「で、ですよねー。今の名前は気にしないでください。えーとそれで私に何か用ですか?」
うきうきの表情で久川は猫撫で声で喋り出す。
なんとか誤魔化せたようだが、この後の展開を何も考えてなかった。
「この後暇だったらお茶とかどうだろう」
いや、これはミスったか。
この後は俺の勝負の行方を見届けなければいけないはず……だが、ちょっと待てよ。この誘いをオーケーすることもあるか。
この女はドSで時間にルーズ、わけのわからない自己主張を押し付けてくる奴。
俺との約束を放り出すことも十分、あり得る。
「あー、それはごめんなさい」
「何か予定とかあるの?」
「友達と買い物に来てるのでまた今度お願いしまーす」
久川はちょっぴり照れた様子で返事をした。
流石に俺との約束を放りだすことはなかったか。
「連絡先交換しましょ」
「あ、うん」
言われるがままスマホを出して友達の登録を……とそこまでしたところで久川が固まった。
「えーと、十夜春樹ってこれ何か間違いじゃ……」
既に登録済みとして俺の名前が出てきたのだろう。
「久川、これは成功って言ってもいいんじゃねえか」
全てを察したであろう久川はかぁーっと一気に顔全体を赤く染め上げてグーで振りかぶった。
「記憶を消すっ!」
「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け」
「ムカつくぅ! あんたなんかと連絡先ほいほい交換しちゃうなんてぇ!!」
グーで殴られるのはなんとか回避して、久川の答えを待つ。
「俺の勝ちでいいよな?」
「ノーカウントだから、無効だから!」
「俺は別にそれでもいいぜ、久川が引っ掛かるくらいなんだから十人くらい適当に声かければ一人くらいは上手くいきそうだし」
今にも泣き出しそうな表情をしている久川は苦虫を嚙み潰したような表情から一息吐いて力を抜いた。
「わかった。私の負け」
「……よかった、これで柏野と話していいんだな」
「なんでいつもメガネしてんのさ、普段からコンタクトにすればいいのに」
いじけた子供のような顔をして久川はぶつくさと文句を言う。
「メガネの方が楽じゃん、それにコンタクトはつけるのが怖い」
「なにそれ、ウケる」
乾いた笑いの後、久川は俺の目をじっと見つめる。
「
「ひどいな、お前」
いつもの悪態をつきながら久川はニコニコと笑っている。
今日も機嫌が良いみたいだ。
「そしたら私、あんたが陽キャになれるよう手伝ってあげるからさ」
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