同幕 かごめかごめ 弐

 


 鼻をくすぐる心地のいい梅の香り、庭先に目をやってもそこにはもう梅の花が咲いてる面影は見られない。季節は過ぎたから当然なのだが、なら帰ってきたのだろう、あの慌ただしく面倒見の良い彼女が。


 昔から私の元を離れない可愛らしい彼の少女が。




「先生、お馴染みの定食弁当買ってきましたよ!お代プロール!」



「プリーズね、はいこれお代!いつも有難うさん桃瑚少女」




 巾着から弁当に見合った小銭を出して、弁当を私の机の上に丁寧に置いた少女に手渡す。


 彼女がこの屋敷に入り浸るようになってからかなり時が経つが毎日毎日飽きもせず私なんかのお世話なんかして、健気だよね。私に対してかなりの毒舌と辛辣な態度なのが瑕だけれど信頼信用の証だと勝手に思い込んでる。

 

 寝起きに彼女に指で梳いて貰いやけに寝癖が落ち着いてきた髪を一撫でして弁当に手をつける。





「いただきます」



「先生またネタに枯渇して不貞寝したね?」



「ムギッ!……な、何故そう思うのかな?桃瑚少女」



「枕が涙でカピカピです」



「あ」





「先生は昔からネタが極端に枯渇したらネガティブに陥って自分を責めて、泣いて自滅するのですから分かりますよ」と息を吐くように私の図星を無遠慮について行く桃瑚少女。


 私と共にいる事で段々この子の神経が悪い意味で私に似てきた気がしなくもない。


 このまま行くと何時か尻に敷かれそうだな。



 想像したくもない未来予想図が勝手に脳内で作られ、その姿に眉を顰め誤魔化す為に塩サバの身を口に含む。


 むむむ、幼い頃の桃瑚少女はそれはそれは可愛らしくこじんまりしてて内気で恥ずかしがり屋で花も恥じらう乙女よりも健気で純粋無垢だったのになぁ…


 一体誰の影響でこんな神経が図太く……あっ私だった、えっ泣きたい。

 




「……あぁそうです、先生」



「ん?何かな桃瑚少女」



「かごめかごめ、とうとう殺人が起こったらしいですよ?」



「んべぇぇ……その件を普通食事してる人がいる時に出す君の神経の太さが計り知れないよ」



「えぇ、まぁそんな事はどうでもいいです」



「どうでも……」



 


 神経図太く育ち過ぎだ、先生は正直泣きたいよ。




「噂か否かは見て判断するのが一番です、行きましょう」



「いつから?」



「今から」



「何処へ?」



「無論、現場……私の高校に!」



「────………え、何、君の学校モロ話題の火種になってるの?」



「なってるって言うか……元々このかごめかごめ事件は私の学校発祥ですから」



「待てそれ私初耳だ」



「妙にリズミカルに言うのやめてもらえます?」





 桃瑚少女の高校……というより高等部。


 桜木大学付属高等学校

 所謂お金持ちや何処かの子息女が通う学校でそれなりに格式が高く一つ生徒が動作をすればその市は影響を受けるとさえ言われる。


 それほど名が高いしそれなりに歴史のある有名な学舎。


 桃瑚少女は言うなれば良いとこのお嬢様だ、とは言っても柊家の四女で末っ子だから権力争いには入れない立場で一族の中では割と肩身の狭い位置にいる名の看板を背に持つお嬢様。


 それだけが桃瑚少女の肩書き


 桃瑚少女の真価は広大な外の世界でこそ発揮する、あんな狭くて規則で雁字搦めな家に縛られるのは惜しい。





「本当に行くの?」



「足で行かねば何で行きます、噂は逃げませんが何れ消えますし目の前に現れません。


 噂は煙です、気づけば目の前から消えてるんですよ!さぁ行きますよ!


 引きこもり気味の小説作家!!」





 箪笥から私の洋服を適当に取り出して私に投げ付けて足早に玄関へ続く廊下を歩き出した彼女。制服姿だから、とはいえ手荷物やバックは持っていない様子。


 そう言えば今朝ポストを確認したが学校へ行く坂道の麓に新しくオープンした可愛らしいカフェテリアがあるらしいな。

 大方、ネタ探しの調査が終わったらそこに寄って私に奢らせるつもりか……まぁネタを提供してくれた報酬としてなら良いか。


 

 全く、困った子だね



 ───……にしたって、ふむ、そうか。




 外に行きたくないと嫌がる重い体を起こして顎に手を当てて寝起きの頭を回転させる。



 そうか…小間取こまどり、ね。


 あの子といると本当に現実では暇足らずだが、それをどう文字にするかが難しいんだよなぁ。それに、彼女と外を出歩くとそれどころじゃなくなるからね。油断も隙もありゃしないという状態で無ければ割と付き合っていけないんだ、彼女とは。


 彼女、桃瑚少女は……そうだなぁ…なんと言えば良いのだろうか?





「先生遅いーー!!学校の方には連絡入れたから早く行きますよー!」



「はいはい、もうちとばかり年上を労わってはくれんのかねぇ……?」



「先生はまだ23ですから!」






 まぁ、生ける話集とでも言っておこう。



 けれど、まぁ、花のような彼女の笑顔を見ればきっと誰でも仕方ないと思えるだろうしあの子は自然と周りを巻き込んで雰囲気を明るくさせる天才だから。きっと嫌う人は少ないだろう。

 現に昔から人付き合いが下手くそな私が今こうして一番付き合いが長く気心知れた家族のような関係になっているのだから。


 もし彼女を嫌う輩が居ても、自然と絆されていくのだろう。





「かごめかごめか〜……懐かしいなぁ、私も昔神隠しあった時昔遊びしてたから親近感湧くな〜!」



「不謹慎じゃないかい?……あれ?確か君が神隠しにあったのはかくれんぼじゃ?」



「そうですよ、かくれんぼ!


 元からかくれんぼが得意だったんですけど、凄い時は本当に警察に通報されるまで見つけられないレベルで隠れるのは得意でした!


 でもあの日って何故か隠れれなくて……」



「隠れんぼなのに隠れれないのって本当に不思議だよな、というよりそれはもう隠れんぼじゃないだろう」



「ですよね、未だに謎ですよ」





 彼女の不思議な不思議な幾つもの話の中に、神隠しがある。皆もよく知る一般的な神隠しの導入や内容と良く似ている、そのままの神隠しだ。

 桃瑚少女自身も当時のことを覚えているようで本人は良い思い出として語っているが、本来なら気が狂っても良いような事でもある。それでも平然としていられるのはきっと彼女が色んなものにおいてしぶといからだろう、私でも桃瑚少女の確固たる強さには負ける。



 ──ある日、あの日、ある時、あの時。


 とある少女は、とある彼女は。


 一つの神社の中で、神様と呼ばれる存在と共に時間を過ごし遊んでいたという。

 しかし幼い桃瑚少女を発見した時は、拝殿を背に彼女は鳥居の前で泣いていた。


 静かに、小さく嗚咽を上げながら、目を両手で擦りながら。人知れず泣いていた。


 泣いていた理由は彼女も覚えていないと言う。

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