同幕 かごめかごめ

 


 


「神隠しねぇ…原理なんて今じゃなんとでも言えますよ、ねぇ?先生


先生


先生?


先生

 


小説作家のあららぎ百矢ももや先生?」




 なるべく感情が表に出されないように、堪える表情のまま音を静かに口に出す。

 ホコリが光の反射で舞う部屋を視界に入れてはため息が毎度出てしまう。本当にここの主人は読んで字の如く駄目人間。


人間失格だ。





ああ、そうだなぁ……今となっては化学の時代だから何でもかんでも結論を付けられる。


さて、体験者の君はどう思う?」





 丸窓から手をぶらりと下げて呑気に木に留まる鳥と空を一つの風景にして眺めて、巷で噂のかごめかごめについて口にしていく。

 後ろを振り向けば布の塊。正直振り向きたくない、何度観ても呆れる光景だ。


 そんな存在から真逆の真逆、その件について言えば質問を質問で返されてしまった。


 ゴソリ…と背後の布団から這い出てくる音が聞こえてゆっくりと其方に顔を向ける。

 電気も付けずに窓から入ってくる陽の光で照らされる部屋の中、だらしなく寝起きです感満載のその姿に心の中で僅かにまたため息がこぼれた。


 亡霊だ、亡霊


 柳煤竹やなぎすすたけ色の使い古された証拠にヨレヨレになったはだけた着流しを気にせずのそりと動く物書き先生。


 名前はそうだな……布団男、そのまんまか。


 暗がりの中これまたのそりとその場で立ち上がりボサボサな髪と崩れまくった着流しもそのまんまに伸びをする物書き先生。


 せっかくの綺麗な海老茶えびちゃ色の髪が勿体無い…ちゃんと手入れしろって言ってるのに……!




「ほうらやっと起きましたね、寝坊助先生」



「寝坊助と言うな、もも先生と呼びなさい桃瑚」



「いや百って後に桃瑚って言うのやめて貰えません?ややこしい」




 着崩れて前側が大きくはだけた腹を書きながら欠伸を一つして丸窓のすぐ横にある文机に向かって座った。


 このポンコツ、年頃の女子を前にしてもその格好のままこのあとも過ごすつもりなのか?そして昼食も食べないつもりか?


 未だにボーッとしている先生の後ろに自由に無重力に周り飛び跳ねまくった髪を指で軽く梳かしてなるだけ元の髪の形に戻していく。


 寝癖はあっても本当に髪の毛がサラサラでフワフワ、女も羨む触り心地がいい髪だ。毟り取りたいのが本音。


 さて、一通りとき終わったし次は百先生の昼食を買いに行かないと!



 


「今日が午前授業で本当に良かったですよ、私が来なかったら聡司さんが起こしに来るまで寝ていたつもりですね?


全く、惰眠を貪る虫ですか!


 机と本と布団に齧り付く次は惰眠……先生、私そろそろ貴方のどこを尊敬すればいいのか忘れ始めましたよ」



「私を見捨てないでくれぇぇ桃ぉー……」



「いい歳した大人が子供に縋ってどーすんですか」





 私の言葉に反応して台所へ行こうとした私の腰に情けなくしがみついてきた百先生。


 全く……尊敬すべき所を忘れつつあるってだけで見捨てるだとか言ったことないのに、情けないお姿を自ら晒してどうするんだか。




 

「ほら離れて!今から急いで昼食買ってきますんで、その後私が集めたネタを整理しますよ!


 ほらもう、百先生!!貴方はお乳を強請る赤ん坊にまで成り下がりました?」



「ごめんなさい、いってらっしない」





 お腹に力強く回った先生の腕を引き離して漸く開放される。新鮮な埃まみれの空気が肺を出入りするのがよくわかる。


 そこにあった籠とまだ少し肌寒い風が吹いているであろう外を考え赤色パーカーを着ていざ昼食を買いに定食屋さんへ。


 百先生の邸宅を出て、私の家の前を歩いて、坂道に沿って登っていく。面倒くさいがこの上にいつもお世話になっている美味しい美味しい定食屋さんがあるのだ。


 先生の苦手な食べ物は避けて成る可く栄養が行き届くような中身を作ってくる気前のいい定食屋さん、匂いを嗅ぐだけでも涎が出そうになるほど絶品で確かな味の今どき珍しくもある優しいお店。


 因みにかごめかごめの噂の確証を仕入れたのも定食屋に集まる噂好きの御主婦様方から、だったりする。


 まぁ一番最初に聞いたのは学校の噂好きな女子達だけれど。矢張り世間の女性は皆満遍なく、そして紛うことなく噂で話を繋ぐ生き物なのだなぁと、そう思う所存。


 まぁかく言う私も女なのだけれど。


 何もなけりゃ噂は立たない、か。何かしらの事件性があるのかもねぇ…もしくはそれを画策した犯人の狙いの一つか。


 否、だとしたら随分稚拙だな


 稚拙だが……的確


 なんて悶々と答えが見つからない問題を考えているうちに何時もの定食屋さんの前についてゆっくりと扉を開ける。創業50年らしい、今も代替わりすることなく57歳の夫婦が営業しているそれなりに古く優しいお店。


 中に入ると少し油物特有のこってりとした匂いが鼻と胸の奥を付くも、直ぐにそれを覆う様に甘いに良いな爽やかな匂いが充満して何だかお鍋をしてるといの匂いがしてくる。


 創業と共に合わせて建てられたっていうこの木製の店の匂いもいつ何度通っても油臭で色褪せることがない。





「おばちゃーん!何時もの百弁当一つお願いー!!」



「あいよー!今日も良く来たねぇ、また百坊ももぼうの所のお手伝いかい?」





 表に誰もいないから大声を上げて奥にいるおばちゃんとおじちゃんに声をかける。


 するといつもの様におばちゃんは暖簾をくぐって奥の方から表に出ては人がいい明朗快活な笑顔を見せて棚台越しに私の頭を撫でた。


 私が6歳の頃ここに引っ越してきた頃からことある事にお世話になっているご夫妻。私にとってはもう一つの家族と言ってもいい大切な存在。




「うん!先生がまた面白くて好い本を出せるようにネタを探してるの」



「そうかいそうかい!なら最近噂になってるかごめかごめの噂はもう耳に挟んだかい?」



「うん、現実的に見れば幼児連続失踪事件として捉えれる噂だよね?最近じゃネットにもその話題が持ち切りだ」



「そうそう!実はね、おばちゃんさっき凄い事聞いちゃったんだけど……─────」




 カウンター越しに身を乗り出して、内緒話のジェスチャーをするおばちゃんに合わせて耳を貸す。

 ふわりと鼻腔をくすぐる柑橘系の匂いが、聞かされた言葉とのギャップで頭に衝撃を与える。それはもうグワングワンに。


















































 ────────……そりゃあまた凄い。


 耳に入ってくるその言葉。



 かごめかごめの噂の新しい情報





 もうひとつの証言







 これ程夢物語であってくれ、と願ったのは数年ぶりかな?


 にやけ引き攣り歪に上がる口角を隠すように手を口に当てておばちゃんにお礼を言って、お弁当を受け取る。

 こんなに冷や汗が止まらないのは久しぶり。


 早く先生に弁当を持っていくついでにこの事について話さないとね。

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