第12話 地獄絵

「パパ、もう辞めて。私だってもう耐えられない」

「父さんならまだ大丈夫。だから頼むそんなこと言わないでくれ」


 こんなスプラッター映画以上の光景を生で見つづけることが私には出来ず、涙ながらパパに訴える。

 私を助けるために適わない敵に挑み虫けらのようにボロボロになり死んでいく姿なんて見たくない。

 何を根拠に大丈夫と言っているのか分からない。

 そんなに私は強くない。


「ここまでぶちのめされてもまだ自分の弱さがわからないのか?」

「俺は弱いが諦めも悪い」

「あ、そうか。お前は心臓を握りつぶさないと死ねないんだったな。なら」

「……ぐはッ!!」


 ついに男はパパの弱点を思い出したのか勝ち誇った笑みで、手を瞬時に鋭い刃物に変化させ胸を切り裂く。


 シュパッ


 血飛沫に吐血が同時に噴水のように噴き出し、体中に強烈な痛みが駆け巡っているのかもがき苦しみ悲鳴が響き渡る。


「心臓はどの辺にあったけな?」

「……ヤメテクレ……」


 初めて聞く命乞い。


「だったら娘を諦めろ。そうすればオレは娘を連れトゥーランに戻る」

「……それは出来ない……」


 しかし男の条件には即答で拒否し必死に腕を掴み逃れようとするも、軽々しく払いのけられ


「ん、これが心臓か」

「グハッ!!」


 胸元をえぐり続け言いながら手を止めると、なんとも言えないうめき声に再び大量の吐血が飛び散る。


「恐怖に怯える激しい鼓動。そんなにオレが怖ろしいか? それともお前でも死は怖いだろう。言葉通りオレは今お前の命を握ってる。今すぐには殺さないから安心しろ」

「……ナニをする? ……」

「お前には娘が魔王になっていく様を冥土の土産に見てもらう。これ以上もない絶望と屈辱を味わわせた後で、何日も痛めつけ魂ごと粉々に砕いてやる」


 完全にパパは男に弄ばれていた。

 男はパパをすぐには殺さず、あざ笑った口調でこれ以上もない残酷な殺し方を思いつく。


 人間ではない。化け物だ。


「…………」


ついに声を失い声なき悲鳴で懸命に藻掻き苦しみながらも、まだ形勢逆転を狙っているのか抵抗は続けるが、それは力が無くただ動かしているだけ。


「こんな奴に魔王様が殺されたとはな。それなのに最愛の人もガキも仲間さえも護れない。今だってオレに何一つ傷つけられない癖に、偉そうに娘は俺が護る。と言い続ける。お前には誰も守る力なんてないんだよ。むしろお前のせいでみんな死んだ」


 挙げ句の果てにどん底までも追い詰めるかのように今度は残酷な言葉の刃物で、精神苦痛を与え何もかも奪おうとする。


「おっと、危うく握り潰して殺すとこだった」


「……セ……イ……カ……」


 精神苦痛直後の強烈な肉体的苦痛はどんなに辛いのだろう声にならない悲鳴と何かを呟き身体を激しくうねらせた後、吐血の中に泡を混じらせ完全に白目を剥き動かなくなると、男はニヤリと笑い胸から赤く染まった手を抜き壁に目掛けて投げ捨てる。

 

 バジッーン


 壁に叩き付けられても糸が切れた操り人形のようにぐちゃっと地面に落ち、その場も赤く染まっていく。

 辺り一面壁と床に飛び散っている赤は、すべてパパの血…………。

 

 スプラッター映画顔負けの一部始終を見せられた私自身も気が狂いそうで、脳内で何かが切れたのか激しい頭痛が襲う。


 パパが死んじゃう。

 パパが死んじゃう。

私のせいでパパが死んじゃう。

今すぐパパの傍に行って血を止めたいのに、無力な私には何も出来ない。

 こんなにパパは頑張ってくれて生死を彷徨っているのに……。


 ふっと頭に冷たく恐ろしい言葉に出来ない文字が沸き上がる。


「辞めて~!!」

 

 残酷すぎる悲惨な地獄絵に私の恐怖は限界を超えていて、無理矢理言葉に出来ない文字を念じれば、風がカマイタチになり鋭く男を襲う。


 シュパッ


 腕を肩から綺麗にそぎ落とす。


 まさか私が攻撃を仕掛け更にダメージを与えるなんて思いもしなかったのか、呆然とそぎ落とされた腕を見つめている。

 私自身何が起こったのが分からなくって激しい頭痛が襲うも、なぜか解かれていた縄を投げ捨て全く動かないパパの元へ急ぐ。


 血だまりの胸に耳をあてると、今にも消えそうで頼りない鼓動だけれど懸命に生きようとして高鳴っている。

 かすかに身体は温かい。


 良かった。まだ生きている。

 

「さすがは魔王の孫娘。どうやらお前の中にも魔王の力が眠ってるようだ」

「私に? それならそれでいい。今度は私がパパを護る」

「そうだな。お前が魔王の力を使いこなせ、オレなんて足下にも及ばない。だが覚醒間近の今ならまだ」


 腕を一本もぎとったぐらいでは形勢逆転にはならないのか、苦痛の色さえ見せず勝ち誇った不気味な笑みを浮かばせ余裕ある台詞だ。

 確かにあの攻撃をどうやって発動させたのかまったく分からないし、頭痛は激しくなる一方。


「それはどうかな?」

「龍くん!!」


 背後から龍くんの声が聞こえ振り向くと、やっぱり龍くんだった。


 ヒーローは遅れてやってくると言うのは本当だった。

 

「ちっ、邪魔が入ったか?」


 初めて男の顔に焦りが見え闇へと消えていく。


「龍くん、パパを助けて」

「え、星夜?」


 男がいなくなったからと言っても、パパの命の危機で龍くんに助けを求めた。

 血の流れがさっきよりも勢いはなくなっているけれど、顔から血の気が引いていて完全に真っ青だ。

 私の叫びに龍くんはパパの一大事に気づき、急いでパパの胸元に手を当てると血の流れは完全に止まる。


いつの間にか重かった空気が軽くなり太陽の光が差し込み、これで多分大丈夫だと思った瞬間、私の頭痛はピークに達し意識が飛ぶ。

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