第13話 パパと忍の因縁

 意識が戻り目を覚まし飛び起きて辺りを見回せばそこは冷房が効いたパパの部屋で、隣ベッドにはパパの胸に龍くんが手を当て賢明に治療をしている?

 真っ白のシーツはぐっしょり濡れていた。


 そう言えば龍くんは異世界だと剣より魔術の方が優れていて、すべての魔術を習得したとか。

 それでも剣士であり続けたかったから剣の道を究めたらしい。


「星歌、目が覚めたんだな。体調はどうだ?」

「私は大丈夫だけど、パパは?」

「胸の治療に苦戦中だ。それ以外はなんとか出来たが、相当精神的苦痛を負ってるらしく、未だに昏睡状態でたまに魘されてる」


 深刻な顔で最悪であることを告げられ、パパを見れば身体中の傷はかなり癒えていても辛そうに見える。


 精神的苦痛。

 男にあれだけ酷いことを言われ続けたら、どんなに強靱な精神を持っていたとしても折れてしまう。


「手を握っても良いかな?」

「握ってやれと言いたいとこだが、もう少し胸の修復をさせてからな。女性が見られる傷じゃない」

「私ずーと見ていたから平気だよ」


 親切心で言われても聞く耳を持たず、龍くんの隣に行きパパの手を取り強く握りしめる。

 本当に胸の傷は血が止まっているせいか、ぐちゃぐちゃで奥の方で何かが動いているのがよく分かる。男に握りつぶされそうになった心臓。

 傷が癒えていても身体中の傷跡は痛々しいほど残っている。


 昔からパパの身体は古傷跡だらけで理由を聞いたら、昔事故に巻き込まれた時とお母さんを助けようとした時に負った傷と言っていたけれど、本当は異世界で敵と戦い負った名誉と言える傷跡だったんだね。


 そんなパパを私は尊敬する。


 でも男よりパパは弱い。

 後のことは龍くんにすべて任せて、男がいなくなるまで大人しくしてもらおう。

 私が捕まらなければ、パパだってもう無茶はしない。


「辛かったな。でも誤解するなよ。星夜は最強の格闘家だ。次はオレもいるから忍を確実に倒す」

「冗談言わないで。パパはあの男にまるで歯が立たなかったんだよ」


 私に同情してくれ優しい言葉を掛けてくれるのにパパに対しては鬼畜で、聞くだけで苛立つ私はけんか腰で却下する。


 龍くんは何も知らないからそんなことを言えてしまう。

 パパを過剰評価しすぎるのも、こう言う時に問題だ。


「は、まるで歯が立たなかったってどう言うことだ? あの腕は星夜がやったんじゃ無いのか?」

「違う。あれは私。よく分からないけど覚醒間近って言われた」

「……。何があったのか詳しく話してみろ」


 信じられないと言わんばかりの驚きの表情で詳しい話を求められ、話せばパパを解放してくれると思い力強く頷く。


 あの恐怖を話すのは怖いけれど、それでパパを護れるのなら喜んで話をする。

 だって私はただ見ていただけだから、パパの苦しみに比べたら全然平気。






「事情はよく分かった。昨夜の毒がまだ解毒しきれてない所にあの結界の中とくれば、半分の実力も出せなかったんだろうな?」

「え、パパ。毒に犯されていたの? それに結界って魔力結界じゃないの?」

「そう。星夜は大丈夫と言って治療を拒んでいたが、あいつ自身の能力だと解毒するのに一日は掛かるんだ。魔力結界でも今回は人の能力を低下させて、魔族の能力を増幅させる結界が張ってあった。だからオレは入れなかった」


 すべてを話し返ってきた答えは、パパの体力は最初から全快ではなかったことと、結界の秘密だった。

 だからパパは本来の力が発揮できないままあそこまで無様にやられただけだったから、龍くんとなら男を倒せるってこと?

なんか信じられない。


「でもまた結界を張られたら?」

「オレだったら結界内部に入れば余裕で壊せる」


 自信たっぷりな答えに、これは納得できる。


「そうなんだ。なら再戦はパパが全快したら挑みに行くんだね」

「そうしたいのは山々なんだが、相手はネクロマンサー。出来ることなら日暮れ前まではケリを付けたい」

「え、全快ってそんなに掛かるの?」

「あいにく魔術は万能じゃないんだ。星夜であっても丸一日は掛かるだろうな。もちろん精神的な部分は本人しか治せないがな」


 私が知る回復魔法は即効性なんだと思い込んでいただけに、内心がっかりしたのは心の底にそっとしまっておこう。


 だけどそれだったらやっぱりパパを行かせるのは反対。

 もし全快してもパパの心はズタボロにされたまま。

 力で互角になったとしても精神的苦痛をまた与えられたら、精神は崩壊して立ち直れなくなってしまう。


 ううん、弄ばれて殺される。


「ねぇ龍くんは男がパパを憎んでいる理由を知っている?」

「忍は天性の天才肌。十のうち一教えれば完璧にこなしてしまう。対して星夜は超努力型の天才。十のうち十一教えて毎日睡眠時間を削ってまで人の倍以上努力を続けてようやく完璧にこなせる。忍にしてみたら何もかもが気に食わなかったんだろう。最初から目の敵にされていて、月一度の練習試合は毎回瀕死になるまでボコされてたからな。まぁ一番の原因は魔王が決めた婚約者を、見下していた星夜に奪われたことなんだろう。転生してもまだ根に持ち続けてるとは、超こわー」


 絵に描いたような因縁と良くある一番根深い恋愛系が理由だった。

 龍くんは最後他人事のようにまとめたけれど、女子高校生も取った取られたで敬遠状態になって最悪いじめに発展するのは良くある。


「だったらやっぱり全力で引き留めるからね」


 理由が分かった上で余計行かせたくない気持ちが高まり、自分の意見を押し通す。



「イヤ、俺は行くよ」

「星夜、気がついたのか?」

「パパ?」


 目を覚ましたパパは何を思ったのか迷いのない口調で言うけれど、顔色はまだ悪く息も少し荒い。

身体を自力で起こすものの、眉間にしわ寄せ歯を食いしばり胸を強く掴む。


「オレなら大丈夫。後三時間で体調を整えるから」


 全然大丈夫じゃないのに、またその言葉。

 パパの大丈夫は信用できない。


「は、そんな短時間でどうやって? 自分がどんな状態なのか理解出来ているのか?」

「そうだな。正直体調も精神的にも最悪だな。でもお前が異世界起動装置を見つけて起動させる時間ぐらいなら囮になれるはずだ」


 ようやく龍くんも私と同じ反対側に回ってくれ加勢してくれるも、パパはそれを認めた上である計画を持ち掛ける。

 何をどうやったらそんな考えに辿りついたのか不思議でたまらない上、異世界起動装置がよく分からないけれど私には到底無理だと思う。

 あんなボコボコにされて体調が万全ではないのに、それでも囮になるって死を急いでいる馬鹿な考え。


「そんなの駄目だよ。そしたら今度こそパパ死んじゃうんだよ」

「それでもいいさ。星歌が無事なら……」


 さっきと同じで大丈夫だと言っている癖に、やっぱり死を覚悟していた。


「よくない。大体さっきのでよく分かったでしょ? パパはあの男の足下にも及ばないんだから、囮にもならないよ。また胸を切り裂かれてえぐられて、心臓を弄ばれたい訳?」

「……時間稼ぎにはそれが一番効果的か。あいつは俺を簡単には殺さないから」


 普通だったらトラウマになって二度と同じ目に会いたくないはずなのに、恐怖を一切感じさせず覚悟する。

 私のことが大切で護りたいって言っている割には、私の気持ちなんてちっとも考えていない。

 ただパパはそうすることで、自分が報われたいだけ。


「ねぇパパ。そんなグロテクスなシーンを二度も見せられた上、死んでいく父親の姿を見せられて娘は平気でいられると思っているの?」

「え?」

「トラウマになって、もう二度と笑えなくなる。自殺するかも知れないんだよ。だからパパはヨボヨボのおじいちゃんになるまで生き続けないと駄目なの!!」

「…………」


 分からず屋のパパに私は怒りながら言葉でちゃんと自分の思いを伝えたのに、それでも何か反論したそうなパパに抱きつき声に出して泣く。

 卑怯だと思われてもパパは強情だから、こうでもしないと伝わらない。


「二人でよく話すんだな。下で太陽と待ってるから、答えが出たら降りて来るんだな」


 龍くんには私の気持ちが伝わったらしく、空気を読んでそう言い部屋から出て行った。

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