『伸手』

時代背景――「伸手」

※小説本編 https://kakuyomu.jp/works/16817330654652941795


 この話は永嘉えいかの乱の終盤、三一一年に起きたかん前趙ぜんちょう)による洛陽らくよう陥落を題材にしています。


 という超ピンポイントな解説からいっきにズームアウトして解説すると、むかしの中国で起きた戦争の一幕を元ネタにした話です。


 この時代の中国は三国志(三国時代)のあとにあたります。


 三国時代、三国による分裂状態を終わらせ天下を統一したのは、でもでもなくしょくでもなくしんという国でした。いろいろあって司馬懿しばいの子孫がしんを建て、司馬しば一族が皇帝となります。


 こうして一応戦乱は終わったのですが、一〇〇年におよぶ三国時代は大きな傷跡を残しました。


 そのうちのひとつが、少数民族の問題です。


 三国志に登場する有名な少数民族として「南蛮なんばん」と呼ばれる人々がいます。しょく諸葛亮しょかつりょうと戦った孟獲もうかく祝融しゅくゆうが「なんばん」として登場します。


 なぜ諸葛亮しょかつりょうは「南蛮なんばん」に出兵したのか。三国志の話の中では、を倒すための北伐ほくばつの途中で、しょくのとなりに勢力圏をもつ「南蛮なんばん」に背後を攻められないため、と説明されています。


 このシーンに現れているように、しょく諸葛亮しょかつりょうふくむ漢人かんじん(中華王朝の主要民族)と、「南蛮なんばん」など少数民族は隣り合って暮らしていました。


 状況はほかのでも同様でした。


 しょくは長引く戦争状態で人口が減少し労働力が不足していました。それを補うために少数民族の居住地域へ攻撃をしかけ、彼らを連行しました。


 またこの時代は地球史上の小氷河期にあたります。特に過酷な土地に住んでいた少数民族たちは困窮し、故郷を離れより暮らしやすい土地へ移動をはじめました。


 彼ら少数民族は比較的生活がしやすいしょくの中華王朝の領域へ接近し、中華王朝の領域に頻繁に現れるようになります。平和的に中華王朝へ合流することもあれば、掠奪などを行うこともありました。


 こうした広い意味での「交流」により、少数民族は徐々に徐々に漢人かんじんの社会のなかに加わっていきます。


 こうなると問題になってくるのが、差別や偏見です。


 特にこの小説のなかで「胡人こじん」と呼ばれている匈奴きょうどは、三国志のさらに前、漢の時代から漢人かんじん社会のなかで暮らしていました。


 もともと匈奴きょうどはいわゆる北方騎馬民族のひとつで歴代の王朝と激しい戦いを続けていましたが、長い戦いの末に敗れました。


 そして漢人かんじんの勢力圏、いわゆる万里の長城の「内側」である「塞内さいない」に移住させられ、そこで生活するようになります。


 匈奴きょうどたちは漢人かんじんの役人に治められて税を納め、戦争のさいには優秀な兵士として戦場に送られました。また匈奴きょうどの上層階級は漢人かんじんと同じく儒教などの教養をおさめ、漢人かんじんの貴族たちとも交流がありました。


 しかし彼らは匈奴きょうど、つまり「野蛮な未開人」としてあつかわれ続けます。


 その不満が爆発したのが、漢、三国時代のあとのしんの時代、小説の舞台である永嘉えいかの乱です。


 永嘉えいかの乱の前、しんでは長く八王はちおうの乱と呼ばれる内戦が続いていました。


 八王はちおうの乱は一〇年におよぶ凄惨な内戦であり、少数民族は兵力として、漢人かんじん貴族のしたで戦い続けることを強いられます。


 こうしたなか少数民族はぞくぞくと蜂起し、皇帝を名乗るなどしんから離脱していきます。


 長い内戦で疲弊したしんは少数民族たちとの戦いに敗れ、ついに都である洛陽らくようは陥落し、しんの皇帝は連行ののち殺害されました。


 こうして始まった新時代は、三国時代を上回る乱世になりました。


 乱世は五胡十六国ごこじゅうろっこく時代、南北朝なんぼくちょう時代と約三〇〇年にわたってつづきます。


 ようやく乱世が終わったのはずい、そしてとうの時代です。


 その後三〇〇年におよぶ平和な時代を築いたとうの皇帝はかつての少数民族、鮮卑せんぴ族の拓跋たくばつ氏の出身だった、というのが時代の終わりと始まりを象徴しているように思います。



※小説本編 https://kakuyomu.jp/works/16817330654652941795

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