■読書案内――お宮の壁の中に粽を投げ込んだ話

参考にした『捜神記』と『荊楚歳時記』の翻訳を紹介します。


●竹田晃『東洋文庫10 捜神記』(平凡社、1964)


捜神記そうじんき』は四世紀、東晋とうしん干宝かんぽうが著した「志怪小説しかいしょうせつ」です。


志怪小説しかいしょうせつ」とは「怪をしるす(「志」は雑誌などの「誌」と同じ意味も持ちます)小説」という意味です。


さらにややこしいですが、当時の「小説」は現在のノベルやフィクションではなく、「立派な書物に載せるほどではない、断片的な記録や説」ぐらいの意味です。


つまり「志怪小説しかいしょうせつ」とは「ほんとにあった奇妙な話」です(ここまで噛み砕いてしまうと怒られそうですが)。


志怪小説しかいしょうせつは三国時代から六朝りくちょう時代、だいたい三世紀から六世紀の中国で大流行します。


というのも、それ以前の中国では『論語ろんご』で孔子こうしの言ったとされる「怪力乱神かいりょくらんしん(怪しいこと、不思議なもの)を語らず」という教えが強力でした。


ですので怪談など超現実的なこと(怪力乱神かいりょくらんしん)を、文章が書けるエリート層(士大夫したいふ)が書き記すことは蔑視され忌避されてきました。


しかし時代がくだり後漢ごかんの終わり頃(二世紀ごろ)になると、仏教の伝来とともに仏教説話(仏教パワーで虹色の花が咲いたりなどする)が大量に中国にはいってきます。


また民間では素朴な言い伝えなどがだんだん道教どうきょうという信仰にまとまっていき、道教伝説(不老不死になったり仙人になったり、なんでもありの世界。集大成はみんにできた『封神演義ほうしんえんぎ』)が流布するようになります。


さらに当時は貴族文化はなやかなる時代であり、多くの教養と知識に裏打ちされた、ウィットの効いたことをさらりと言うのがもてはやされた時代でもありました。


貴族は『論語ろんご』はじめ儒教はできて当たり前。仏教や道教どうきょうなど最先端の流行にも詳しくなければ話にならない。


さらにおもしろい話をしっていれば、なおいい。


こういった時代の要求もあり、盛んに記されたのが「志怪小説しかいしょうせつ」です。


捜神記そうじんき』は「志怪小説しかいしょうせつ」の最高傑作とされ、現在にいたるまでいろんなフィクションの元ネタとして利用され参照されてきました。近年でも漫画『千年狐』の元となっています。


死人が生き返ったり、幽霊につれていかれそうになったり、頭蓋の中に蛇が住みついたがうざいだけで何ともなかったり、飼い犬が急に二本足で立って竈で火をおこし始めても「まあそういうこともあるよね」とスルーしたお陰か災いが起こらなかったりする、歴史上の人物も名もない庶民も入り乱れた、多彩な奇妙な話が載っています。


●守屋美都夫『東洋文庫324 荊楚歳時記』(平凡社、1978)


荊楚歳時記けいそさいじき』は六世紀、南朝なんちょうりょうに仕えた宗凛そうりんが著した書物です。


荊楚けいそ地方(長江ちょうこうの中流域一帯。現在の湖北省こほくしょう湖南省こなんしょうのあたり)で当時行われていた年中行事について書かれています。


なぜ宗凛そうりんが一地方にすぎない荊楚地方けいそちほうについて詳細な記録を残したのかというと、どうやら宗凛そうりん自身が出身地である荊楚地方けいそちほうを強く愛していたからのようです。


宗凛そうりんの地元愛が感じられるエピソードとして、仕えていたりょう侯景こうけいの乱で壊滅し、皇族(りょう元帝げんてい)が荊州けいしゅうで即位したさい、都をもとの建康けんこうから荊州けいしゅうにうつす案を唱えてます。


中国の年中行事を記した書物は『荊楚歳時記けいそさいじき』以前からありましたが、多くは散逸してしまいました。


ある程度まとまって残っている年中行事の本として、後漢ごかん崔寔さいしょくによる『四民月令しみんげつれい』があります。


四民月令しみんげつれい』が書かれてから『荊楚歳時記けいそさいじき』が書かれるまでは約四〇〇年が経っています。


比べてみると、『捜神記そうじんき』のところでお話しした仏教の影響がいたるところに見て取れて興味深いです。


四民月令しみんげつれい』も東洋文庫から出版されています。(崔寔著、渡部武訳『四民月令 漢代の歳時と農事』)




東洋文庫は平凡社から刊行されているシリーズです。


箱にはいった緑色の新書ぐらいの大きさの本で、大型書店や図書館で見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。


東洋文庫は「東洋史」と聞いて連想されやすい中国、朝鮮、日本といった地域だけでなく、インドや東南アジア、中央アジアから中東までの広い地域の史料を刊行しています。


また刊行される史料も


法典

(例 谷井俊仁、谷井陽子 訳解『大清律・刑律1 伝統中国の法的思考』……中国・清の法律である大清律のうち、刑法である刑律の翻訳)


詩集

(例 サアディー『果樹園(ブースターン)中世イランの実践道徳詩集』……中世イランの代表的詩人・シーラーズのサアディーの詩集)


当時の政府の記録

(例 内務省衛生局『流行性感冒「スペイン風邪」大流行の記録』……一九一八年から一九二〇年にかけて猛威をふるったスペイン・インフルエンザについての当時の日本政府による調査報告書)


日記

(例 李舜臣、北島万次訳『乱中日記1 壬申倭乱の記録』……豊臣秀吉の朝鮮出兵をしりぞけた李舜臣の陣中日記)


紀行文

(イブン・ジュバイル、家島彦一 訳注『メッカ巡礼記1 旅の出会いに関する情報の備忘録』……一二~一三世紀、十字軍の時代にメッカを巡礼した旅行記)


などなどバラエティに富んでいます。


東洋文庫は電子書籍版も一部刊行されています。


またジャパンナレッジというオンライン検索データベースでも読むことができます。


こちらは本文含めた検索だけでなく、ジャンルや地域などで絞り込み検索することもできるので便利です。

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