賈充


 話の着想は『世説新語せせつしんご惑溺篇わくできへん五より。


 それによると、賈充かじゅうの属官である韓寿かんじゅはイケメンで、賈午かごは父が集会を開いたときに韓寿かんじゅを見初め、惹かれ、詩歌に思いを託すようになる。


 そんわけなので賈午かごの侍女が韓寿かんじゅの家へ出向き、賈午かごの美少女ぶりを韓寿かんじゅに説くと、韓寿かんじゅもそれならと賈午かごと文通するようになった。


 やがて韓寿かんじゅは約束の夜に、賈充かじゅうの屋敷の幾重にもなる垣と塀と高い門を乗り越え、賈午かごと契った。韓寿かんじゅはとても敏捷びんしょうで身軽だったために、屋敷の者は誰も気がつかなかった。


 賈充かじゅうは属官たちの集ったさい、韓寿かんじゅからただならぬ香の香りがただよってくるのに気づく。その香は皇帝が賈充かじゅうともう一人の臣下にだけ賜った貴重なもので、いちど身体に香りがつくと何ヶ月たっても消えない。もしや賈午かごは香を盗んで韓寿かんじゅに与えたのではないか、つまり二人は密通しているのではないかと賈充かじゅうは見当を付ける。


 賈充かじゅう賈午かごの侍女を問いただすとあっさり全て事実だと認めた。賈充かじゅうはこのことを秘密にし、賈午かご韓寿かんじゅに嫁がせた。


 という『世説新語せせつしんご』でもかなり長い話です。




 賈充かじゅうはまわりの女性陣が強烈です。『世説新語せせつしんご』だけでも、


 前妻の李婉りえん……才気があり、著した『女訓じょくん』は広く読まれ、後妻の郭配かくはいと対面した際ひざまづかせた。賢媛篇けんえんへん十三


 後妻の郭配かくはい……嫉妬深く、賈充かじゅうと乳母の関係を疑って乳母を殺し、息子である黎民れいみん夭折ようせつする原因を作った。惑溺篇わくできへん


 賈褒かほう賈荃かせんとも)……李婉りえんとの娘。郭配かくはいとの娘である賈南風かなんぷうと、どちらの生母を父・賈充かじゅうと合葬するかで対立し、譲らなかった。恵帝けいていと皇位をめぐって対立した斉王せいおう司馬攸しばゆうの妃。賢媛篇けんえんへん十四


 賈南風かなんぷう……郭配かくはいとの娘。西晋せいしんの二代皇帝である恵帝けいていの皇后で、恵帝けいていを傀儡とした。意外と?『世説新語せせつしんご』では前述の李婉りえんとの娘の話のみ。


 賈午かご……郭配かくはいとの娘。賈南風かなんぷうの妹。前述の通り。


 賈充かじゅうにはある種の女難の相が出ていると思います。




 賈午かごの夫の韓寿かんじゅは『三国志さんごくし魏書ぎしょかんキ(キは既のしたに旦)伝が引く『晋諸公賛しんしょこうさん』によれば、「性格はとりわけ誠実であった」(訳は今鷹真・小南一郎訳『正史三国志さんごくし4』より)そうですが、賈午かご恵帝けいていの皇太子・司馬遹しばいつの謀殺計画に関わったりと悪名が高いことから、『世説新語せせつしんご惑溺篇わくできへん五はここまで長い、盛られた話になったようにも思います。韓寿かんじゅの死因も『晋諸公賛しんしょこうさん』では病死なのが、『晋書しんじょ』だと賈南風かなんぷう賈午かごもろとも誅されたことになっていたりします。


 それとも『晋諸公賛しんしょこうさん』の記述の方が、事実を隠蔽するためのものなのか。なにしろ一七〇〇年前のスキャンダルなので、真実は闇の中です。

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