13.5話  夜ふけに迫られて…

 秘密の話し合いのあと、俺とマユミが部屋に戻ると、女子三人は殺伐とした空気に包まれていた。


「ちょっと待ってね? 今、ケリが付くところだから」


 美優が殺気を滲ませた声で言う。

 下ろしたままの髪は波打っていて、昼間は普段とのギャップでドキっともしたが、今はなんだか海から現れて呪いを掛ける妖怪のようだ。


「勝ち逃げとか許さないからね、早乙女〜?」と、口を尖らせて凄むメグも、パーマにした髪の束が顔の右半分を隠し、ヤンキー感が半端ない。


「あんたも人のこと言えないし〜?」とナオも、手元のペットボトルを軽く握りつぶしている。きれいなゴールドにブリーチしたショートカットの髪の間からピアスだらけの耳が露出し、こちらもまた柄の悪いことこの上ない。


 一体なんのゲームをすればそんな刃物のような空気になるのか。

 三人の前にはトランプが並べられており、どう見ても神経衰弱をやっているようにしか見えないのだが、もしかすると未知なる闇のゲームが繰り広げられているのかもしれない。


「あ〜〜〜、とられた〜〜〜!!! 早乙女強すぎ〜〜〜!!!」


 ナオが言ったのだかメグが言ったのだか最早わからない勢いで決着はついたらしく、美優がキランと目を光らせてガッツポーズを取る。

 こいつのギャグキャラ感半端ないところは初めて見た気がする……。


 敗者のナオとメグは呪いでも掛けられたみたいに頭を抱え、悶絶している。

 クラスで浮きまくってる文学少女枠だった美優が、こうしてギャルふたりを服従させている光景は、何やら奇妙でありつつ禍々しさに似たものもある。


 問題は、どいつも浴衣姿なので、そのまま動きも激しくリアクションしているものだから……乱れた服が色々と際どくてよろしくない。


「ったくさ〜〜〜、神経衰弱で何そんなに盛り上がってんのよん?」


 マユミひとりはまったくの平常運転マイペースで、壁際にどっかりと片膝ついて腰を下ろす。

 オヤジかとツッコみたいのも山々だが、こいつもプラチナブロンドの長髪に八頭身の高身長という、外人のようなプロポーションである。

 片膝なんか立てるものだから、はらりとめくれた浴衣からのぞく白い足と、陰になったその付け根の辺りがまた悩ましいこと甚だしい。


 とはいえ俺は、どっしりしたその構えから、まるで目の前の女子もとい魔物三匹の親玉格のような風格に感心して思わず見とれていたのだが、俺の熱心な視線に勘付いたらしいマユミは、どうやら別の……邪なものを察したらしい。


「……って、ちょ!? おまっ!? なんだよジロジロと!?」


 急に顔を真っ赤にしたかと思うと、慌ててバッと浴衣の裾を両手で押さえる。そのせいでスケバンキャラさえ板に付きそうなこいつが柄にもなくペタンコ座りだ。


 そのギャップに不覚にも萌えかけた俺だが、その直後には濃厚な殺意に身の毛がよだつことになる。


 その殺意はマユミ本人のものではない。直前まで闇のゲームに興じていた魔物どもからのものだ。


「君ィ〜〜〜、役得だからってそれは無いと思うよ?」

「なにウチらのラッキースケベ楽しんじゃってるわけェ〜〜?」

「マユに発情しようなんざイイ根性しとんじゃん?」


 先ほどまでの負のオーラそのままに凄むものだから、俺はすっかり蛇に睨まれたカエルの格好だ。


 テンパっていたマユミもこれには引いてしまったのか、


「い、いや……そこまで責めなくてもいいと思うけど……」などと、こいつらしくもなく俺の肩を持ったりしている。


 しかしながら、


「マユミちゃんは黙っててね?」

「エロガキは成敗しないとだからさ〜?」

「行きすぎる前に更生させなきゃって奴〜?」


 こいつらは各々に拳をバキバキ鳴らしながら俺に迫ってくるのだった。

 俺は、己の命運が尽きたのを覚悟した……。


 ……のだが、気がつくと俺は、並んだトランプの前に正座させられていた。


「というわけで!」とナオが急に声を弾ませ、

「お仕置きに一戦付き合ってもらうわ〜」とメグも合いの手を入れ、

「あんたに拒否権はないから」と、謎に美優が親指を立てる。


 俺は、カクカクした動きで、三人の背後のマユミに救いを求める視線を送る。


 マユミは茫然と俺たちを見比べたあと、両手を合わせる。

 すまん、がんばれ。

 目がそう言っていた。


 俺は腹を括った……。

 目の前に並んだトランプと睨み合う。何やら様子がおかしい。トランプの裏地の柄が2、3種類あるように見える。


 恐る恐るたずねると、


「三箱混ぜてるよ。そのほうが量増えておもしろいし」


 美優は平然と言い放つ。

 なんだ、それ……。

 こいつら、本当に悪魔のようなゲームをやっていた。


 かくして俺は善戦などできようはずもなく、文字通り神経がすり減って衰弱しそうな想いでゲームに参戦した。


 女子三人はさすがにこの地獄みたいな神経衰弱をやりこなしていただけのことはある。

 あれよあれよいう間に札は取られていき、あえなく俺はビリとなった。


「じゃ、罰ゲームってことだから〜?」とナオが楽しそうに言い、


「ば、罰ゲーム……?」と俺が座ったまま後ずされば、


「そんなの、決まってるし〜?」とメグが迫り、


「罰は体で払ってもらう、でしょ?」と美優が、さも当然とばかりに言い放つ。


 俺は再度マユミに視線を送る。

 いつもなら何にも動じないこいつが、両手を口元なんかにあてがって、これから何が起きるかとはらはら見守っている。

 意外とウブなのか、お前……。

 どうやら救いは期待できないようである。


 かくして俺は三人の女子たちに迫られ……


 数分後には……


 俺は、美優の肩揉みをさせられているのであった。


「あ〜……いいね〜……いい嫁になるよ、あんた……」

 そんなお誉めの言葉をいただいてしまった。


「極楽だね〜……マユはうちの嫁だわ〜……」

 と、こちらはマユミがナオの肩を揉まされている。なんの流れなのか、こいつまで巻き添えにされてしまったのである。


「てか、どっちでもいいから〜、早くうちの番にしてほしいし〜?」とメグは横で口を尖らせている。


 俺はマユミとちらりと目を見合わせた。

 男子としては、合法的に女子の体に触れられて……などと楽観的にも考えられそうなシチュエーションではあるが、冗談抜きでそれどころではない。これがなかなかの重労働である。


 気が済むまで付き合うしかない。

 マユミが静かにそんな目線を送ってきた。

 こいつが強気に出れないのなら、俺は言うまでもなく無力だ。


 女子四人と泊まりのハプニングに見舞われ、それでこの展開……。

 確かに三人の女の子に同時に迫られるなど、なかなかないオイシイ経験には違いあるまい。


 これもこれで、果たしてラッキー……なのだろうか……?

 俺は引きつった笑みを浮かべつつ、そう考えずにはいられないのであった。








_____

本編でラブコメっぽいノリをあんまり描けなかったので、こういうのかな……というのを全力でやってみました。

(上手くやれた保証はない)

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