第4話 何度だって、何処でだって


 ほんの数時間前まで一緒にいて、いつものようにニコニコ笑っていた幼馴染、立花たちばなヒナ。


 用事があると1人で向かった先で何やら大きな事故か事件があったらしい。


 それを物語るかのように、数軒のビル向こうの空に今もなお黒い煙が立ち上っていた……。




 「…………ッ!」


 普段全力で走らないもんだから、曲がり角で足がもつれて盛大に地面に倒れ込む。


 転んだ衝撃でひざの布がけ、ジワリ、と血が流れ出ている。不思議と痛みは無かった。



 ――ヒナが見たら、ドジだなぁって笑うだろうな。



 自虐じぎゃく気味に口元を歪ませながら壁に手をついてヨロヨロと立ち上がり、もう一度走り始める。


 それが何だ、勝手に焦って怪我したダサい奴だって笑ってくれよ。あいつが怪我していないのならそれでいいさ。


 もうちょっと、もうちょっとだ。そこの角を曲がれば…………。







 やがてコンクリート塀が途切れ、視界が開ける。


 そこには、グラウンドほどある広い空間があった。瓦やコンクリート、木製の破片。様々なものが乱雑に重なり合い、パチパチと火をあげている。



 公園ではない。ゴミ捨て場でもない。

 ――ならばここは、つい先程まで"建物"が存在していた空間に違いなかった。数軒の家が、1階部分から同時になぎ払われたかのように全壊している。



 目の前の現実に理解が追い付かない。いや、理解するのを脳が拒んでいた。


 これは俺が関わっていい問題じゃない。大人、それこそ警察に任せるべきだ。


 帰ろう、ヒナを見つけて早く帰ろう……!





 幾分いくぶんか正気を取り戻したとき、20mくらい先から誰かが歩いてくるのに気付く。


 辺りはもう暗くなり始めていた。建物跡地でユラユラと揺れる火が、その者の姿を浮かび上がらせる。



 

 ――電信柱ほどある、ほっそりとした身長。


 ――枯れ木のように、グネグネと伸びた手足。


 ――炭よりも黒く、暗い色をした体。




 悪魔のような外見をした人型の"ソレ"は、俺のほうへ真っ直ぐ歩いてきていた。


 違う、それだけじゃない。


 奴の後ろにもまだまだいる。


 




 それらを前にして、俺は逃げようと思った。――でも、出来なかった。


 恐怖で、足が動かなかったのではない。


 帰り道を、ふさがれたのでもない。


 先頭にいる奴が、『見覚えのある鞄を鷲掴わしづかみにしていた』からである。




 「お前……ッ、ヒナに何をした…………!?」




 腹の底から声を張り上げ、吼える。




 「何したって……聞いてんだよッ!!!!!!」




 目の前で、ソイツは長い腕をしならせ、鞭のように俺へと振り下ろした。










 ………………………………はず、だ。


 早すぎてよく分からなかった。


 振り下ろされたと思っていた奴の腕は、一瞬で根元から吹き飛んでいた。少し離れた場所に、ドシャッと音を立て腕だったものが落下する。


 状況を理解した奴はうめき声をあげ肩をおさえて動揺していた。




 「――間に合ったね、ユウト」



 そばにある雑居ビルの屋上から声がする。


 月の光に照らされ、風に髪をはためかせながら、彼女はそこに立っていた。


 隣には、羊のぬいぐるみのようなものがフワフワと浮かんでいる。


 俺はそれに見覚えがあった。ヒナが付けていたストラップの1つだ。サイズこそ違うが、特徴的な巻いたツノとユルい顔が記憶の中のそれと重なる。



 ビルの上の少女は高く跳躍ちょうやくし、宙で身体を器用にひねりながら、奴らと対峙する形で地面へと着地した。



 「ヒナ……なのか…………?」


 「いぇあ、ユウトのよく知ってる、ラヴリィ・ヒナちゃんだZE♡」



 俺は、こんなときに何が"ラヴリィ"だとか、そのゴスロリみたいなふざけた格好な何だとか、あの怪物達は何だとか……色々と言ってやりたいことはあったが。


 いま心の中で最も強い気持ちを口にすることにした。



 「……無事で、良かった」


 「わたしの鞄はズタボロにされちゃったんですけども〜」


 〈報告。立花ヒナから"照れ隠し"を検出〉


 「ちょ、ちょっとNemRINネムりン!?」



 ネムりンと呼ばれた羊のぬいぐるみが、ふよふよと降りてきて機械音声を発する。



 〈――《咳払い機能》。怨鬼えんきの数、8。速やかな目標の排除を推奨〉



 目標の排除……って、こんな訳の分からない奴らと戦う気か!? 


 俺がそう思っていると、「だいじょーぶい!」と振り返って指でVサインを作るヒナ。


 今のはまさか……心を読んだテレパシーとでも言うのだろうか。


 


 「ユウトに伝えるの、"これで何度目になるのかは忘れちゃった"けど…………ッ!」



 といい胸の前で手を握る。


 そしてヒナは体の内側から禍々しい見た目の大きな刃物を引き摺り出した。


 黒く輝く刃の部分はぐにゃりと湾曲わんきょくしていて、彫られた模様には赤い光が、まるで生きている血管のように流れている。


 死神の持つかまのようだ、と思った。急に周囲の温度が下がったような気がして、ゾワリと鳥肌が立つ。



 ヒナは取り出した鎌を振り上げると、乱れた呼吸を整えてから言葉を続けた。



 「――わたし、実は魔法少女なんだよ」



 …………刹那せつな、鋭い風が吹き、怨鬼と呼ばれた怪物の1体がまっぷたつになって崩れ落ちていった。



 【続く】

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魔法少女好きのドジっ子幼馴染をバカにしていたら本当に魔法が使えたんだが……!? 久世れいな @QzeReina

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