第3話 世界のピーンチなのだZE!


 授業道具をまるっと忘れてきやがった隣人のせいで、今日はなんだかんだ大変な1日になった。


 小さく縮こまりながら各教師に涙目で報告している姿を見ていられなくなり、途中からは俺が忘れたことにしてヒナに教材1式を無理やり押し付けたのだ。


 あいつは困惑したような表情を浮かべていたが、いつもうるさいくらい元気な奴にしょぼくれられるのはこっちだって困る。


 そんなわけで無事、放課後まで乗り切ったのだが――。



 「んだよ……ほんと勝手な奴だよな…………」



 俺はというとうっすら赤く染まりつつある空を眺めながら、『虐殺乙女ぽめるん☆ぱめるんコラボ開催中♡』と可愛く書かれたチラシ片手に1人で歩いていたのであった。


 これからやろうとしていることを考えるだけでため息が出る。チラシの中でポーズを取りながらウインクしているぱめるんが非常に憎たらしい。


 ――なぜこんなことになってしまったのか。その理由は、他の誰でもない、またしてもあいつヒナだった。



 *




 「ハァ!? 用事を思い出した……!?」


 「いぇあ、世界のピーンチなのだZE!」



 帰り支度したくをしている俺に、何となく申し訳なさそうに、されどいつものテンションでヒナが話しかけてくる。世界のピンチ、って言い訳として意味不明過ぎるだろ。



 「だからユウト〜。すっごい嬉しくて舞い上がってたとこゴメンだけど、1人で行ってくれないかなぁ?」


 「いや、ヒナが行けないなら俺もいいよ。別にたいした事してないしな。あと、甘いものは苦手だ」


 「そうは問屋がおろさないのだよっ」



 そういいながらゴソゴソと鞄を漁るヒナ。まずいな、とてつもなく嫌な予感がする。その予感は、取り出したチラシに『ぽめぱ』のキャラが書かれていたのを見て確信に変わった。



 「なんとっ、駅前のミ〇タードーナツがぽめぱとの期間限定コラボ中でありんす〜! ドンパフドンパフ!」


 「ちゃんと世間にもウケてんだな、ぽめぱ」


 「……でもでもうっかりしてて〜今日で最終日なの!」


 「そうか、残念だったな。諦めろ」


 「うぇぇぇえええぇぇぇえええ〜!?」



 その心底びっくりしたような顔やめろ。俺がぽめぱに食いつくとでも思っていたのか……?



 「そもそも、何で一緒にミ〇ド行くことになったか覚えてんの?」


 「…………フレンチク〇ーラーを山ほど食べたくなったから、であります隊長!」


 「アホかーーーッ!? 『教科書のお礼にドーナツでもおごらせてっ!』ってお前が言ってきたんだろ!? 小一時間前のこともう忘れんな!」


 「お礼させて欲しいだなんて、その人はなんて責任感が強くて健気な美少女なのかしら……ホロリ……」


 「お前だよ。とんでもなく無責任なお前に、今パシらされようとしてるんだよ」


 「ねぇぇぇ、いいでしょお願いお願いおねがーい!!!」



 目の前で、同い年の女子が必死に駄々をこねている…………。そんなにか、そんなにぽめぱグッズ欲しいのか。


 ――気が付くとクラス中の注目を集めていた。おい、俺がイジメてるみたいな目で見てくんな。泣きたいのはこっちだぞ。



 「あぁもう、分かった分かった。ヒナの代わりにグッズ貰いに行けばいいんだろ……」



 仕方なくそう言うとヒナの顔がパァッと輝く。嗚呼あぁ、俺は無力だ。がっくりと項垂うなだれる。



 「ありがとNE♡ ドーナツを4つ選んで、レジで合言葉を伝えればコラボグッズ貰えるから」


 「待て、"合言葉"って何だ……!?」


 「『ぽめるん、ぱめるん、ミラクルPON☆』だよっ! チラシに書いてあるから見てね。じゃあまた明日〜!!」



 一方的に言い残すと、ストラップをじゃらじゃら鳴らしながら早足で教室から出ていってしまった。



 *



 「どう考えても罰ゲームだろこれ……。何がミラクルPON☆だよ。こんな恐ろしい企画を考えた奴の頭のほうがPON☆だわ…………」


 俺は恨めしげに呟く。チラシの中のぽめるんは何も答えてくれない。アホらし、さっさと終わらせて帰るか。



 ドーナツ屋のある駅は、ここからしばらく住宅地を進んだ後、少し大きめの商店街を通り抜けた先にある。

 頭の中で、例の呪われた合言葉を復唱しながら歩いていると徐々に人通りが多くなってゆき、やがて商店街にさしかかった。



 …………ん? あれって……。


 人混みのなかで、ウチの制服を着て、サイドアップの髪を揺らしながら、何かを探すようにキョロキョロと歩いている姿がある。


 一瞬見間違いかとも思ったが、鞄に付けられた特徴的過ぎるストラップを見てあれはヒナだと確信した。


 気になった俺は目で追ってみると、どうやら商店街から逸れ、古い雑居ビルが立ち並んでいる道へと入ってゆくようだ。あちら側はあまり治安が良くないため、地元民からは避けられがちなエリアである。



 「ヒナ、用事があるって言ってたけど…………」



 ――用事、か。ぼかしたってことはあんまり言いたくないことなのかもしれないな。


 幼馴染として長いこと一緒にはいるが、ヒナがプライベートで何をしているのかといった事までは知らなかったし、これまであまり知ろうともしてこなかったのである。


 俺はあいつの彼氏でもないし、あいつは俺の彼女でもない。お互いの領域に深く立ち入る理由など、2人の間にはないということくらい理解していた。


 ザワ……と心が揺れる。勝手にふくらんでゆく不安をかき消すように、駅前を目指すことにした。




 ――それは、ヒナを見失った地点から100mほど進んだときだった。




 物凄い地響きと共に、何かが爆発するような音が聞こえた。ややあって、店のガラスがカタカタと震える。

 周囲の大人たちは足を止め、不安そうに状況確認を始めた。居合わせた小さな子どもは泣き始めている。



 そのときの俺は、ある1つのことに釘付けになっていた。

 それは、煙。

 ヒナが向かった方向からどす黒い煙が立ち上っているのが見える。

 形を変えながら赤い空を飲み込んでゆく闇に、俺は思わずゾッとした。



 何だろう、この胸騒ぎは…………。



 無我夢中でポケットに手を突っ込み、乱暴にスマホを取り出す。


 震える手で、見慣れた名前宛の音声電話をタップした。


 コール音が流れる。その時間はたった10秒ほどであったが、俺には永遠のように感じられた。




 〈お掛けになった電話番号は――〉


 …………しばらくして、聞きたい声とは違う、無機質な機械音が留守番メッセージの案内を始める。


 心臓がバクバクと脈打つ。全身に酸素は送られているのに、窒息しそうなほど苦しい。


 何だよ、何だってんだよ…………。



 「クソ……………………ッ!!!」



 

  遠くから聞こえ始めたサイレンに急かされるように、あのときヒナを追わなかった自身を恨むように、俺は全力でアスファルトを蹴って走り始めた。



【続く】

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