第2話 虐殺乙女ぽめるん☆ぱめるん


 「――懺悔ざんげせよ、そしてつぐなうがよいっ! まじかる☆ですとろぉぉぉぉい!!!!!」


 「ぐぅッ!?」



 休日明けで、気怠けだるい空気の漂う朝の教室。

 1時限目の予習をざっくりとでも済ませておこうと頬杖ほおづえをつきながら教科書をパラパラめくっている俺に、後ろからぼふっと抱きついてきた奴がいる。


 中学3年になってもこんな台詞を恥ずかしげなく言ってのけ、さらに人前でくっつくという距離感のおバグり召された奴なんて知る限り1人しか存在しない。



 「…………ヒナ、お前なぁ」


 「おっはよ、おはおは〜! 今日も太陽が眩しいZE〜!」



 肩越しに顔を覗き込んでくる、よく見知った顔。何か良いことでもあったのだろうか、やたらハイテンションである。

 頭の横で2つにまとめた髪が広げた教科書に覆いかぶさり、彼女をスルーしたまま読み進めるというささやかな抵抗手段が封じられてしまった。…………ウザい、ウザ過ぎる。俺は精一杯のしかめっ面でもって対応する。


 こいつの名前は立花たちばなヒナ。近所に住んでいる、兎にも角にも自由な奴だ。


 こういうのもしゃくだが、外見はクラス1、2を争うレベルで可愛いと思う。が、普段のあまりにもアホっぽい言動と"例の趣味"のせいで、『関わるとめんどくさいからそっとしとこう枠』としてわりと広く認知されていた。



 「ヒナちゃんはめんどくさい枠なんかじゃなくて、"高嶺たかねの花"なのです!」


 「おい、ナチュラルに人の心を読んでくんなよ」


 「ユウトはぜんぶ顔に書いてあるもん〜」



 ヒナはわざとらしくほくそ笑むとストラップまみれの鞄をすぐ前の自分の席に置き、こちら側に椅子の向きを変えてから「そういえばさ〜」と"例の趣味"の話を始めた。



 「今週の『ぽめぱ』、めっっっちゃ面白かったよね……! 敵幹部マージョリカがまさか仲間になるなんてさ〜。新しい呪文も可愛いし、今年の流行語大賞まちがいなし、って感じ! 新衣装も素敵だったなぁ……。あ〜ん、来週のぽめぱが待ち遠しいよぉ…………!!」


 「ヒナさんよ。当然見たでしょ的ノリで熱く話してるとこ悪いが俺はニチ〇サの魔法少女アニメなんて見てないし興味も無いからな」


 「えっ、どうして!? 全世界の女の子の憧れでしょ!? 将来なりたい職業ランキング女子部門の第1位は魔法少女なのにぃ〜!?」


 「お前はいま目の前にいる奴が"女の子"に見えるのか……? あとそのランキングどうなってんだよ」


 「ユウトもいちど見ればきっとハマるはずだよ! ハマり過ぎて、学校にぽめるんのコスプレして来ちゃうかも。そしたらヒナちゃんもぱめるんのコスして合わせてあげるね。2人で注目の的だZE〜!」


 「絶対に嫌なんだが」

 


 ――虐殺ぎゃくさつ乙女ぽめるん☆ぱめるん。通称、『ぽめぱ』。

 いわゆる魔法少女モノの女児向けアニメだが、ヒナは数年前からこれにどハマりしていた。例の趣味とはこのことである。


 先ほどの「懺悔せよそしてうんたらかんたら〜」は、ぽめぱの主人公である"ぽめるん"の決め台詞。ヒナの鞄にじゃらしゃら付いてるストラップも大体がぽめぱのグッズたち。


 俺は1度も見たことは無いというのに、毎日のように話を聞かされるもんだからなんだかんだ詳しくなってしまった。布教活動とは恐ろしいものである。




 以前、ぽめぱの何がそんなに良いのかなんとなくヒナに聞いたことがある。


 〈勇気を貰えるの。戦うぽめるんを見てると、わたしも頑張って戦おうって、心から思えるんだ〜〉


 ……と言っていた。


 そのときは鼻で笑ってやったが、ヒナが元気を貰えているのなら、毎日笑顔でいられるのなら、とても良い事なのだと思っている。

 人前で決め台詞やら必殺技やらを叫ばれるのは、あまりにもバカっぽいのでやめて欲しいが。



 「ところでユウト〜」


 机の上に開かれていた教科書を見て、ヒナは何か考え込んでいる。そして不思議そうな顔をして口を開いた。



 「今日って日本史の抜き打ちテストでもあるの?」


 「1時限目の科目だからテキトーに予習をしてるだけだ」


 「あはは、えっと、それって数学じゃなくて?」


 「朝イチで数学の日は火曜だろ? ……お前まさかまた」



 ポケ〜っとした顔が、見る見る青ざめてゆく。



 「時間割りの曜日、間違えちゃったかもだZE……☆」



 ――キーンコーンカーンコーン。

 死刑宣告とも言えるタイミングのチャイム音に顔を引きつらせながら、ギギギと錆び付いた歯車のようにぎこちなく体の向きを戻していった。


 昔からおっちょこちょいなところはあったが、最近は特にぼんやりとしてることが増えた気がする。疲れているのか何なのか。……どうせ"ぽめぱ"の事でも考えているんだろうな。


 教材が何も無い状態で1日過ごすのは可哀想だし、俺に手伝えることはあるだろうかと頭を働かせていたが、ついさっき予習の邪魔されたことを思い出したところで思考を放棄する。



 ――ふと前へ視線を向けると、ヒナの鞄に付いているストラップの1つと目が合ったような気がした。



【続く】

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