三の三 変化する水流 〜遭遇〜
くいくい。
パイプクリーニングホースを軽く引く。
減っていたいた水量がいくらか戻り、汚れた水に混じって油脂のカケラが流れた。
小さなカケラは詰まることも溜まることもなく、水と一緒に流れていく。
この辺りか。
当たりを付けた位置で、ホースを繰る。
先ほどの汚れの箇所のように小刻みに動かすのではなく、もう少し大胆にガシガシと。水圧だけでなく、ホースの先端ノズルで油の固まりを擦るイメージだ。
排水管に傷を付けそうだが、ホースを介して届く力は高が知れている。どちらにしても、丸まったパイプクリーニングホースは排水管を擦りながら奥へ進んでいくだろうし、気には留めない。
意識をやるべきは、水の流れを遮っている大物だ。
この大物、排水管内部にへばりつく油脂の固まりは、一度に大量の油脂が固まって排水管に固着したものではなく、排水管に貼り付いた少量の油脂にどんどん油脂が付着していって成長したものと予想される。
間には食品カスなど他の汚れも挟まっているに違いない。
コンクリや粘土のように同じ材料がギュギュっと詰まったものではないから、よほど固まっていない限りは端部から砕いたり排水管自体から引っ剥がしたりできるはず。
もちろん素人考えだから間違っている可能性もあるし、そもそも今できることが、この作業だけというのも事実だ。
理屈などは後回しで作業に集中しろと思うかも知れないが、刻々と変わる状況下では観察と考察を同時に行う必要がある。
考察を伴わない観察にて状況をすべて記憶できるほどの能力はないし、持ち帰り検討する類の作業ではない。この場で考え、この場で試行する。
そして、試行錯誤は事前知識あってのもの。複数の動画閲覧やウエブサイトでの情報収集が実を結ぶときだ。
ガシガシ、ガシガシ。
十センチほど、パイプクリーニングホースを持つ左手を前後に動かした。右手のトリガーは握りしめたまま、横穴から出る水流を見詰め、音に耳を澄ませる。
小さなカケラが流れ過ぎていく。
くぐもった音は動きに合わせて大きくなり小さくなる。
『こぉおおお』と排水管の壁に反響する音が通常だとすると、『くぅううう』と遠くで我慢している低く小さい音はノズルの手前に大きな固まりがある合図だ。
大物の前後に高圧の水をぶつけて引き剥がす。音と水量が大物の位置を教えてくれる。
何往復かは判然としない回数ののち。
ドバドバと堰を切った水流とともに、それは流れ落ちた。
ごろり。
灰色と黄土色が不規則に混じる固まり。
狐色の水流に乗って横穴から転げ落ちたそれは、第二汚水枡にいた油脂の固まりであり、水道業者の動画で何度も観たモノだった。
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