一の九 未知なる液体 〜警戒〜

 小さなバケツに半分の汚水を三度捨てたところで、ようやく水が減り始めた。

 勝手口ポーチの階段に設けられた汚水枡のキワまであった水が、少し水位を下げたのだ。


 汚水枡の先は道路の公共下水道に至る排水管で、先は詰まっているのだから、これまでの水の出処は台所シンクからの排水管だと推測できる。


 排水はフタを吹き飛ばしつつ飛び出したのではなく、一部は排水管内に留まっており、汚水枡からすくい取った分だけ補充されていたのだ。

 水位が下がったということは、排水管内に残っていた排水を処理し終わったことになる。


 どうやら、間違ってはいなかったようだ。


 作業は始まったばかり、何より汚れ仕事用に整えているから休憩もできなかったが、見当違いの作業ではなかったことに、ほぉと安堵の息を吐いた。


 さぁ、ここから。


 再び汚水枡に向かう。


 水を掬って捨て、掬って捨てる。

 バケツの水切りネットに固形物が増え始める。

 茶色いカケラに大きなモノが混じるようになり、水色も茶色く濁り始める。


 続いて。


 手応えが変わった。

 

 潮干狩りのような手応えに。


 掬い取る。上げる手は先ほどより重い。


 中には、泥。

 鼻を突く異臭。


 バケツに入れる。

 重みで水切りネットが沈む。

 白の混ざった黄土色の泥が悪臭を放っている。


 ようやく、といったところか。


 手探りで進む。


 最表面でひたひたの水を掬っていた先ほどとは変わり、お玉を中に入れれば自分の手で塞がれて、狭い汚水枡の中は見えない。

 手の感覚だけで、じゅるりと水分を含んだ汚泥を掬い取り、バケツに移す。


 数センチ掘った辺りで汚水枡の形状が変わった。

 円筒の直径の外側にお玉は吸い込まれ、柄がに動く。


 内部で広くなっているのか。


 怪訝を抱きながらも上から下に掻くように動かして手を持ち上げると、お玉を半分埋めるぎっちりとした質感の汚泥。


 バケツに捨て、汚水枡を覗き込む。

 塩ビ管の青っぽい側壁の色が、その部分は灰色掛かっている。泥が詰まっているのか。


 考えるよりも先に手が動く。


 掻き出し、バケツに移す。

 灰色、それから、白と茶色の混じった泥、ややオレンジ色に近い色にも見える汚泥。


 水分が多いためか重く、三度バケツに移すと、水切りネットが外れて落ちる。

 軽く絞って二重のナイロン袋に入れる。

 バケツの中には液体が残される。


 そのまま流すのは憚られ、裏庭の洗い場で薄めながら捨てる。

 園芸ホースでバケツに水を入れると茶色が泡立ち、一層奇っ怪な液体へと変貌する。


 ぶくぶくと肥える茶色い液体。


 バケツを傾けると、古い油色をした液体は洗い場の排水口に消えていく。

 しばらく水を流す。


 正体も分かっている、戻って来るはずもない。が、出来るだけ遠くへと。


 見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る