一の十 変わりゆく様相 〜指針〜

 いかにもという風情の汚泥から垂れた水を処理して、勝手口ポーチへ戻った。


 しゃがみ込んでまた、汚泥を掬う。


 作業を繰り返し、汚水枡の直径より外れた部分から汚泥を取り尽くした。


 汚水枡を覗く。


 はっきりと横穴が見えた。


 位置関係から、台所シンクから続く排水管出口に違いなく、ならばこの奥にも汚泥は溜まっているはずだ。

 油と食品滓の混ざった灰色や黄土色の汚泥が。


 もう一度、お玉を伸ばす。


 汚水枡の入口直径は八センチ。横穴の中心は入口から十センチほど下にあり、直径も十センチ程度だ。

 位置関係からお玉の傾き限界は決まっている。先をぐるり回しても空っぽのまま。


 奥は手の付けようがない、か。


 台所シンクからの排水はこの汚水枡から溢れたのだから、ここまでの排水管は通っている。

 横穴も気にはなるが、詰まりの解消という目的を果たすのが先だ。


 ぜんぶを一度には、できない。


 な汚泥の処理という実績のおかげで、作業が進んだように思えたが、まだ汚水枡の全容すら分かっていない。

 あとどれほど掘り進めば最深部に着くのかすら、分からない。


 開始から何分経ったのだろう。


 もう一度汚水枡を覗く。

 はっきりと見えるようになった横穴の塩ビ管が鈍い青色に光る一方、真下、汚水枡の奥底は暗闇だ。


 汚泥を掬って分別し、捨てる。なぁに、簡単な仕事だ。


 ずり落ちてきた長手袋の袖を上げ直し、ぷちんと開いたレインコートのボタンを留める。

 右手にお玉を握って、再び、汚水枡に突っ込んだ。


 掬う、移す。掬う、移す。掬う、移す。

 水切りネットを絞り、ビニール袋に入れ、バケツの水を捨てに行く。


 二度ほど繰り返したところで。


 固い。


 お玉で掬えない固い何かに当たった。

 底か、あるいは部材。


 下流側に繋がるエルボという排水管かもしれない。水平から下に向かってL字に曲がっているから、真ん中を避けて汚泥を浚えば、見えなくても存在は分かるはず。


 スパチュラに持ち替える。

 シリコン製のスパチュラなら塩ビ管を傷つけないだろう。


 汚水枡の側壁を、力を入れて擦る。

 固い何かがギッシリと詰まっている。が、徐々に。


 崩れた。


 側壁に押しつけながら持ち上げる。

 出た。

 固まり。


 灰色と肌色と白の混じった固まりは、確か。


 最初に、水面に浮いていたカケラ。

 大きさは異なる。だが、同じモノだ。


 油が食品滓や土などを巻き込んで固まった。もしや、ピーピースルンF(仮)も混じっている?


 固まりの正体、複合体を構成する要素が何かは不明だ。

 しかし、地層のように堆積したこの固まりを取り除く、汚泥浚いに続く指針が得られた。

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