第三部 唸りを上げてかみ砕け
三の一 敵陣への突入 〜始動〜
〜第二部のあらすじ〜
第一汚水枡以降の三つの汚水枡を洗浄したが、不気味な音は消えなかった。試行錯誤の末、遂に床下の排水管に原因があると突き止め、洗浄用ホースを入手した——
幾度目となったか、もはや数えてはいない。
勝手口のポーチの、一段しかない階段にある直径八センチの小さな汚水枡のフタの縁、四箇所あるへこみのひとつにマイナスドライバーの先端を差し込み、上向きに力を加えた。一度では開かず、続いて隣のへこみを同様に押し上げて、フタと枡の間に隙間ができた。
隙間にドライバーを入れ、てこの原理で持ち上げる。ころん。逆さ向きに転がったフタを、枡から少し離して表向きに置いた。
久しぶりだな。
心の中で声を掛けた。
覗き込んだ汚水枡の中には、前回とおそらく同じ位置に汚泥の付着が認められた。何らかの理由で台所シンクからの排水がこの第一汚水枡内で滞留するためか、流れが遅くて固まってしまうためか。
手元には、ぐるぐる蜷局を巻いた黒いホース、高圧洗浄機用パイプクリーニングホースがある。
高圧洗浄機本体の電源プラグの接続、本体と散水用ホース、本体とトリガーガン、トリガーガンとパイプクリーニングホースとの接続、すべて完了してある。
期待に踊り始める胸を、まだ早いと諫めて本体のスイッチを入れた。
丸く固まったホースを逆向きに曲げて伸ばしつつ、先端ノズルを第一汚水枡の横穴から床下排水管へと入れる。
そろりそろり押し入れて三十センチ程度挿入したところでトリガーガンのトリガーをぐっと握った。
ブォーン、ショァーーーッ。
高圧洗浄機独特の動作音にゲリラ豪雨が被さる。
一分間に約三千回転する高圧洗浄機のモーター動作音は轟音とまでいかなくとも数軒先の工事音程度には響き、加圧された水の噴出音もまた屋内で聞くゲリラ豪雨程度には響く。ホースを握る手に戻る微かな振動は、雨粒に叩かれる窓ガラスの心情。
横穴からは透明な水が流れ落ち、細かな飛沫が飛ぶ。入口に近すぎて、ノズルから手前方向に噴出する水が飛び出していた。
トリガーガンを握ったままホースを少し押しやると、泡立つ水に変わった。薄い茶褐色、いわゆる狐色に染まった水が、泡立ちながら流れていく。
狐色、油の色だ。
もももももと盛り上がる泡の色合いは、ほとんどが水分だというのに、フライを揚げたあとの油の色とよく似ていた。
早速の敵のお出ましに気分が上がる。
園芸用ホースでは届かなかった位置を、このホースでは洗浄できているということだ。専用道具を用意したのだから当然といえば当然。
だが、開始早々に効果を実感できるとは、なんとも素晴らしい話ではないか。
狐色の泡が、シャンパンの祝福に見えた。
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