二の十二 黒蛇の襲来 〜覚醒〜

 最初の忌避感が嘘のように動画を漁った。

 のべ十数回の視聴を経て、否応なしに期待は高まっていった。


 早くやりたい。

 画面越しではなく実際として、流水の音に流れ出る巨塊に、昂ぶりたい。


 ピンポーン。


 は届く。

 配達人は、燃える草色のユニフォームに身を包んでいた。

 サイズの割に軽い段ボールを笑顔で受け取り、すぐに開ける。


 高圧洗浄機ケルヒョー(仮)用パイプクリーニングホース。


 待ち望んでいたそれは、説明書きが印刷された段ボールを乗せ、太い結束バンドで五箇所を固定されていた。

 

 独特の臭いだ。


 バンドを外し、テラテラ光る蜷局の頭を持ち上げる。

 蛇の鎌首のようには立ち上がらず、バネのように螺旋を描いた。


 確か、レビューに記載があった。

 

 固く、曲がりにくい。

 家庭用の狭い排水管内では九十度に曲がるのにも苦労する、逆方向に曲げ伸ばしして解してから使った、と。


 伸ばすにしても、片付ける際には巻かなくてはならない。

 だが、恐らく大丈夫だろう。


 固い、つまり剛性が高い素材ならば、細く分岐のない排水管でまっすぐ進むのは得意なはず。元々曲がっているのだから、曲がり角も上手く誘導すれば一度は曲がれるはずだ。

 我が家の床下排水管の水平部分は、九十度の曲がり角が一度あるのみ。

 第一汚水枡から二番目の曲がり角である台所シンクへと昇る部分については、想定通りシンク側から洗浄すれば良い。


 蜷局を巻いたままの黒蛇の先端が、照明を返してちろり金色に光る。

 先端部分の丸み、ノズル径は十六ミリと小さく、軸の太いキノコ型で、キノコの傘の裏側には四箇所の孔がある。この孔から高圧で水を噴出するのだ。

 進行方向と逆に水を出すことにより、狭く障害物のある排水管内でも前方に進みやすく、四箇所の孔により丸い排水管の全方向を洗いやすくなっている。

 園芸ホースの先を押さえて出した、前方に噴出する水とはまったく異なる。


 専用道具の実力、示してもらおう。


 不敵に光る黒い蜷局を抱えたその時、


 


 誰かが流した水が、排水管を刺激した。 

 

 もう何年も悩まされ続けてきた音。

 汚水枡を洗浄しても消えなかった音。

 横たわる排水管に溜まった油脂の固まりと周囲を取り巻く汚泥が、水の流れを遮り、空気の流れを阻害して、創り出す音。

 真夜中に騒ぎ立て、眠りを妨げる音。


 あぁ、嫌な音。


 なんと不快だったことか。

 認識してしまえば我慢できなくなる。世の中の不快なものすべてに通じる理。


 だが、今、対抗する秘密兵器を覚醒させた今なら。

 間もなく暇を告げるこの音に。


 ハッキリ言ってしまえるのだ。


 嫌いだ、と。


【第二部 完】

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