結果の論
井川君と通話してから数日後の休日のこと。
俺は再び、彼と通話を繋いで話を聞いていた。
『何ヵ月ぶりの登校だったの?』
『……3ヶ月くらい?』
俺と通話をしたその日の夜、井川君は学校に行ってきたという嘘の報告を配信上で行った。
これは俺の提案ではあったんだが、まさか言ったその日にすぐそれを実行するとは思わなくて少し焦ったのは心の中に留めておく。
目的は2つあって、ざっくり言ってしまえば「炎上騒ぎを終息させること」と「不登校の原因を解決すること」だった。
前者については、目的は達成されたと言ってもいいだろう。
俺も井川君の配信をこっそり視聴していたが、彼の嘘はしっかりとファンたちに、視聴者たちに届いていたようだった。
不登校が炎上騒ぎの原因なら、それを取り除いてやれば火は消える。
単純な話だ。
それが仮に嘘だったとしてもね。
井川君の配信から数日経った今では、彼の不登校について騒ぎ立てている人は少なくなっていた。
完全に鎮火したわけではないが、ほぼ害がなくなったのも事実だった。
ただ、井川君や。
配信で俺の名前を出すのは止めて欲しかったな。
「アキラに学校行ってこいって怒られた」とか「将来の選択肢を~なんたらかんたら~って諭された」とか。
俺、そんな事言ってないのに……。
そのせいで、俺のツヴィッターに色々なメッセージが届いたのは言わずもがな。
「さすがは子持ち」とか誉められるのは悪い気はしないけど、ちょっと罪悪感が芽生えた。
まぁただ、背後に俺がいたのは何となく察されていたようで「そうだと思ったわ」とか「まぁ、お嬢様から井川君は当然の流れよな」とかのメッセージが届いていたのはちょっと驚いた。
驚きを通り越してちょっと怖くなったくらいだった。
ミサキさんにも言われたけど、そんなに俺って分かりやすいんだろうか。
……まぁいいや。
井川君は嘘の配信を行った次の日、どうやら本当に学校に行ってきたらしい。
俺はもう少し時間を置くのかなと思っていたのだが、意外と行動が早かったみたいだ。
何が彼を突き動かしたのかはわからないが、再び登校してくれたのは素直に良いことだと思う。
『クラスの皆に何か言われたりしなかった?』
『……大変だったねって言われた』
『え?』
『……おじいちゃんが学校側に「腰やった自分の介護を頼んでた」ってことにしてくれてたみたいで、思ってたよりすんなり戻れた』
『そんなことできるの!?』
『……おじいちゃん、校長先生とマブだから』
そうだったのか。
井川君は自身の祖父について、甘やかしてくるだけで何もしてくれないって通話したときに不満を漏らしてたけど、裏では彼をしっかりサポートしていたらしい。
やっぱり家族はちゃんと子どものことを見てるんだね。
余計なことをしたかな?
『……勉強に追い付くのは大変だけど、サボった分がんばるつもり』
『そっか。頑張れ』
『……うん』
まぁ何はともあれ、元の形に戻ることができたならよかった……って、まだ肝心なことが聞けてなかったな。
不登校の切っ掛けとなったあの件について、聞いておかないといけない。
『聞きづらいことかもしれないけど、サッカー部の子とは話できた?』
嘘配信の目的の2つ目。
不登校の原因を解決すること。
クラスの人気者であるサッカー部の子に身バレしたかもしれないという件について、俺は質問した。
学校に行ってきたと嘘をつくことで「井川君」と「VTuberの井川#111」が同一人物ではないと誤認させること。
これによって身バレを誤解だと思わせることが、2つ目の目的だ。
これが達成していれば、不登校の切っ掛けとなった根本的な原因が取り除かれたことになる。
でも不達成なら、また不登校に戻るなんてことになりかねない。
こっちについては井川君から話を聞くしか確認する方法がないから、成功しているのか失敗しているのか、ずっと不安だった。
果たして──。
『……うん……「あの時は変なこと言ってごめんな」って謝られた』
『ってことはつまり?』
『……ぼくのことを「井川#111」とは別人だって思ってくれたみたい』
『そっか、それはよかったっ!!』
どうやら、目的は無事達成されたみたいだった。
『やっぱり配信でうまく誤解してくれたのかな』
『……ううん、たぶん違う。……声が違うって言ってた』
『ああ、そっちが刺さったのか』
なるほどね。
配信で嘘をつくということ以外に、井川君はとある作戦を同時にしていた。
『……うん。……それにしても、このタイミングで声変わりしたのはちょうど良かった』
そう。
ここ最近、井川君は喉の調子が悪かったようで咳をすることが多かったらしい。
つい先日の通話の時に気づいたのだが、井川君の声が少し低くなってた。
一般的に男子の声変わりのタイミングはだいたい中学生頃と言われている。
井川君は今まさに中学2年生。
タイミングとしてはあり得る話だった。
そこで俺は「井川#111」の声を少し高めにして、普段の声は地声にしてみたらどうかと提案してみた。
配信上でキャラクターを演じて声を多少変えるというのは、わりとやっている人が多い。
それは自衛が主な目的だ。
配信を見た人がその個人を特定できないように、あえてキャラクターを演じるわけだ。
まさに、今の井川君にぴったり当てはまる内容だ。
配信では声変わり前の高さに合わせて声を変える、普段の声は地声で配信よりも低めの声にする。
そうすることで今後の身バレ防止にも繋がるし、サッカー部の子に誤解させることができるんじゃないかと思って。
結果、それが見事に突き刺さった様子。
『……もともとぼくの配信を見てたみたいで、声が似てるってことで思いきって話しかけてくれたみたい』
『え? つまりその子って、井川君の視聴者っていうか……ファンだったってこと?』
『……そうみたい』
しかもその子、井川君のファンだったということが判明した。
話をもう少し聞いてみると、その子はどうやらFPSゲームが好きなようでいろんな動画を見ているうちに淡々と神プレイをする井川君の動画に行き着いたらしく、そこからチャンネル登録するくらいのファンになったという。
声や話し方から似てると思って声をかけた、というのが今回の騒動の流れだったようだ。
『それじゃあ、その子は別に井川君に悪いことをしようとしてたわけじゃないんだね?』
『……うん。……本物だったら「陰ながら応援してる」って言いたかったらしい』
だから、その子に脅されるかもしれないと、学校中に秘密がバレるかもしれないと、そう思ったのはただの勘違いだったということだ。
『……勝手に勘違いして、勝手に怖くなって、学校に行かなくなって……本当にバカだった』
井川君はそう言って、少し落ち込んでいるようだった。
ただそれは、結果論でしかないんじゃないかと俺は思う。
もしかしたら、本当に脅されたり傷付いたりする可能性だってあったわけだ。
だから、自分を守るために「学校に行かない」という選択をとったのは彼なりの最善手だったのだろう。
『……でも、その勘違いに気づけたのはアキラが話を聞いてくれて、背中を押してくれたおかげ。……もし話をしなかったら、きっといつまで経っても勘違いしたまま、勇気が出せずに中退してたかもしれない』
親が存命だったなら、親を頼ったかもしれない。
でも彼は、ひとりで考えて決めることしかできなかった。
だからそれが極端な選択だったのだと正してあげられる人がいなかった。
今回は俺がたまたまその役割を一部
『……だから、ありがとう』
たまたま今回うまくいったから良かったものの、もしかしたら井川君が2度と登校できなくなった可能性だってあるわけで、これもまた結果論にすぎない。
どちらも結果、うまくいっただけ。
どちらのコインも表だっただけ。
ただそれだけの話。
『どういたしまして』
ただまぁ、感謝の言葉は素直に受け取っておこう。
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