プライド
家を出て近くにあるケーキ屋へと向かう。ここのケーキ屋はちょっとお高めだが、とても美味しいので記念日にはいつもここでケーキを買っている。
お店に着くと、幸いにもまだ閉店前だったので妻と娘の好きなケーキを選んで注文する。レジで商品とお会計を待つ間、ツヴィッターを更新することにした。
ツヴィッター『指宿アキラ公式アカウント』
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すみません。
さきほど、妻と子供に怒られまして、自分自身深く反省しているところです。
詳細はここでは言えませんが、少しの間、動画投稿を控えようと思います。
楽しみにしてくれてた方は申し訳ございません。
一旦落ち着こうと思います。
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コメント:あら
コメント:何があったかわかりませんが了解です!!
コメント:気長に待ってますわ
コメント:不倫か?
コメント:不謹慎で草
コメント:ゲームのやりすぎで怒られたとか?
コメント:子供かww
よし。これで、少し更新を休んでも何も言われないだろう。
流石に、さっきの今で動画投稿を優先するようなことはしない。ワオチューブでの活動はしばらく休んで家族と接する時間を増やそうと心に決めた。
スマートフォンを仕舞うと店員さんがちょうど持ち帰り用の包み作業が終えたようで、お金を支払って商品を受け取る。お店を出ると、寄り道などは一切せずにすぐさま家に戻った。
リビングに入るとちょうど二人とも夜ご飯を食べ終えたところのようで、食後のデザートタイムとなった。おいしそうに食べる姿をみて少しホッとしたのは内緒だ。
とはいえ、梓の誕生日プレゼントも準備していなければどこかに出掛けたわけでもなかったわけで。
ということで明日どこかに出掛けようかという話になった。
「梓はどこに行きたい?」
「うーん、どうしようか? 正直に言うと、そんなにどこかに行きたいって気持ちでもないんだよね。茜はどう? どこか行きたい場所ってあるの?」
「いや、私明日は普通に学校なんだけど……まぁ私のことは気にしないで。行きたいところがないなら二人で散歩でもしたら? お父さん、最近あんまり外出てないんでしょ? ほら、家の近くの川とか、今は桜が咲いててすごい綺麗だからさ」
「へー、良いかも。アキラくんはどう? 桜を見ながらお散歩、とっても素敵だと思わない?」
「梓がいいなら、俺はかまわないよ。でもいいのか? 誕生日プレゼントが準備できそうにないんだが……」
「いいよ。ケーキも食べられたし、満足満足。それよりも、明日が楽しみで仕方がないよ」
「……そうか。俺も楽しみだよ」
「なら、決定だね」
明日は無理でも、絶対にプレゼントを買いに行こう。そう思った。
話はこれで終わりとばかりに「ごちそうさま」と梓が言い、ケーキ用の食器を片付けてしまった。
俺も食器を片付けて少しリビングで休んだ後、階段を登って奥の部屋に戻ることにした。
この部屋は、どれだけ大きな声をあげても外に音が漏れないよう防音処理が施されているため、主に配信用で使っている部屋だ。
扉を開けると部屋の奥のパソコン画面の薄明かりだけが仄かに光っており、薄暗い室内を照らしていた。そういえばご飯前にパソコンを消し忘れていたなと思い出す。
部屋の電気をつけてパソコン前に移動するといつもの癖かゲーミングチェアに座ってしまった。
パソコンの画面には『GAME OVER』の文字が映っている。
これは、ここ数週間で何度も目にした画面。『LUNATIC BLOOD MOON』というゲームのクリア失敗画面だ。
『LUNATIC BLOOD MOON』は半月ほど前に発売されたサバイバルホラーゲームで発売直後から難しすぎてクリアできないということで一部界隈で話題になっていた。
このゲームは、プレイヤーが
難易度がEASY、NORMAL、HARDの3種類存在し、この3つすべての難易度をクリアすることで隠し難易度EXTRA HARDが出現する。
クリアできないと言われているのがこの隠し難易度だ。
このゲームにおけるプレイヤー以外の羊は言ってしまえば『身代わり』や『残機』にあたり、難易度EASYでは9匹、そして難易度が上がるに連れてその数が減っていく。
EXTRA HARDではついにプレイヤー以外の羊がいなくなり、一度でも狼男に見つかってしまえば即座にGAME OVERとなってしまう。
大雑把に説明するとそんなゲームだ。
ゲームの性質上、運要素が絡んでくる中で残機0は流石に厳しいと言わざるを得ない。
俺もこのゲームに挑戦してみたが、本当に人がクリアできるのかと何度も思ったほどだ。HARDの時点で攻略に行き詰まりかけ、何度も何度もカットアンドトライを繰り返してようやくクリアできたのに、そのさらに上の難易度となると挑戦する前から心が挫けそうになった。
とはいえ、やってみなければわからないと思い、挑戦し始めたのが2週間前。そこから先はもう言わなくてもわかるだろう。
これまで高難易度ゲームをクリアしてきた俺なら誰よりも先にクリアできるはず。そんなプライドを持って挑戦し続け、結局、今の今までクリアできなかった。
「はぁ」
なんとはなしに、ツヴィッターを開いて『LUNATIC BLOOD MOON』で検索をかける。
クリア報告がないか確認するためだ。最近は誰かがクリア報告をしていないか確認して、安心するというのが日課になっていた。
今日はまだ検索をかけていなかった。さて、どうだろうか。
ツヴィッター『ハム公爵』
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【緊急速報!!】
難しすぎてクリア不可能と話題の『LUNATIC BLOOD MOON』の最高難易度EXTRA HARDをクリアしました!!
軽く調べてみたけど多分俺が初クリアじゃないか?
何度も心が折れかけて大変だったけど、クリアできてホント良かった!!
みんな見てくれっ!!
動画の画像:サムネ(LUNATIC BLOODのタイトル画面)
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コメント:は?
コメント:ハム公、ついにやったか
コメント:クリアできたってマジ?
コメント:おめでとうございます!!
コメント:クリア可能だったのかあれ
コメント:すげぇわ!
コメント:おめ!!
「は、ははっ」
乾いた笑いが思わず口からこぼれ出た。
「そうか、クリアされちゃったか……」
誰かはわからないが、どうやら俺よりも先に最高難易度をクリアした人が現れたようだった。
家族を
「本当に、何やってんだか……」
自分を支えていたくだらないプライドも、たったいまポッキリと折れた。
「もう、ゲーム実況も潮時なのかもしれないな」
不思議と、自分の中に納得があった。
自分のスタイルに限界を感じて。
それでもだましだましに活動してきて。
もう自分を騙すこともできなくなったみたいだ。
それを直視せざるを得なくなった。ただそれだけの話。
ゲームを閉じてパソコンの電源を落とす。
このゲームはもう二度と起動することはないだろうな。
そう思い、配信部屋を後にする。
この日からおよそ一年の間、俺が新しい動画を投稿をすることはなかった。
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