オーバーロスト

あさひ

第1話 不思議《おかしな》おじさん

 灰色と差微に混じる白が陽を塞ぐ空は

今日も世界を暗くする。

 日の光を見たものはむしろ神格扱いすら起きる

そんな見えない日光を浴び続けるしかない視界

生きることに特化したためか嫌なものまで映ってしまった。

 古びたコートに黒のインナー

そして案外にも丈夫なジーンズというラフながらも

実用性に帯びた服装で歴戦を思わせる。

「またか……」

 眼前に広がる何かの骨と湿ったアスファルトは

そこで命のやり取りがあった証拠で見つけたくない。

「逃げるかな? ん?」

 うずくまる少女は何かに怯えていたのか

フルフルと体を嘶かせていた。

「どうした? 嬢ちゃん……」

 見ると少女は怪我どころか血まみれの服で

それと髪にはべっとり粘り気のある何かが付着している。

「なるほどね…… キープかな?」

 手を掴むと男は少女を立たせて

コートの内ポケットから薬品を取り出した。

「目を少し瞑れるかい?」

 獣にでも掴まれたと思ったのか

不意な優し気に間抜け顔を向ける。

「ほらっ 早くっ!」

 小声ながらもしっかりと伝えた

ことの重要性を感じたのか強くうなずくと瞼をぎゅっと閉じた。

 シューっと薬品を掛けると粘りっ気のある何かは

サラサラっと粉になり、まるで石のかけらを

被った様ないで立ちになる。

「これは災難だねぇ……」

 近くに転がる女性と男性を見る限りでは

どうやら偶然にも出くわしたという情景が浮かんだ。

 少女は自身に起きたこと以外わからなかったのか

今更にも状況を把握する。

「知らないほうがよかったかな?」

 ううんと首を振りながら親であろう亡骸に

手を合わせた。

「良い娘だね…… 少し感慨深いけどな」

 少女はその言葉に疑問符を浮かべたが

まあいいやという感じで流した。

「俺はナカタニシンゴって言う

墓荒らし《グレイバー》をやっとるおっさんだ」

 グレイバーという言語に聞き慣れないのか

首を傾げる。

「ああ、グレイバーっていうのはな」

 今度は右の外ポケットからナンバープレートを

取り出した。

「所属は第二駐屯地で役割は前線というかこういう危ないとこ専門かな?」

 けらけらと笑いながら安心させるために付け足す。

「ちゃんと送ったげるから大丈夫だよ」

 どこにという反応を返され

少し困る表情を見せた後にまた笑って見せた。

「おじさんこれでも強いんだよ?」

 少女に二頭筋を隆起させて強いということを

端的に証明する。

 その必死さにようやく少しだけ笑顔を見せる少女に

笑ったなと笑顔で両手で一指し指を交互に突き出した。

 さらに笑った少女にこう付け足す。

「まあ、ああいう跡があって

嬢ちゃんも見たなら話が早いだろうけど……」

 少し遠くを指さすと

説明し始めた。

 この世界は化学薬品などで巨大化や異形化した

生物体系が広がる弱肉強食の真っただ中で

しかも人間もその生態系に入っている。

 それだけでも危険だが

人間もまた追剥ぎに人攫いといった危ない人間も存在し

未知の薬品の影響で通常より膂力が強靭だったり

精神性がおかしかったりと様々らしい。

「実はおじさんも少しだけここがね」

 腕を少しまくり上腕の内側を見せてきた。

「黒い筋が見えるだろう?」

 まるで宇宙が広がるように一線が入っていた

腕の中に異空間と獣を飼っているらしい。

「まあ、悪さはしないから」

 不安そうな少女にこう付け足しながら

戦闘法の一端を見せる。

「こういう刃が出てきて取り外せるんだけど……」

 腕の中から業物を取り出し

腰に帯刀した。

 この世とはかけ離れた空間そのものを切り取ったような

不思議な刀状の何かがそこに存在している。

「これは空間ごと切れるし、それでいざという時は隠れることができるんだよ」

 だからまた来たら隠れようねと優しく説明を加えると

指で少女の後方を指し、もう片方で口に人さじ指を添えて

手繰り寄せるように少女を近くに呼んだ。

「とりあえずは異空間を広げるから隠れようね」

 少女の壁の後ろにそびえるビル跡からヌッと顔を出した

犬型であり、ハイエナのような顔の異形が鼻をひくつかせている。

 臭いで獲物を探している仕草で

舌なめずりをした。

 空間に隠れる間際に嫌なものを見てしまい

恐怖で表情が固まる少女は少しだけしゃべった。

「い…… いやぁ……」

 可愛らしくも芯が通る声に

少し安堵する。

「感情はまだあるね」

 この世界では大半の被害にあった子供は

言葉と感情を失った後に自ら死地に向かう謎の精神病が流行っていた。

 それを知っている獣類は逆に親子連れを狙うという

報告が多数みられるためこのように探索任務を任されることに

主な理由でちょくちょくある。

 空間の中に広がるのは意外にも快適な空間で

壁は宇宙空間のようだがソファやベッドに

タンスなどの生活家具が整然と並んでいた。

 もはやここに住めば安全で快適という

そんなことを頭に浮かべてしまうほど

裕福な空間と言っても過言ではない。

「お…… じさんの家?」

 しゃべれるようになったみたいだなと

頭を撫でながら言うと犬のように嬉しそうな顔で

全身を預けてくる。

「うりうりうりっ」

 ある程度おわると

顔をぱあっと明るく笑顔になった。

「まだ甘えんぼさんかな? そういえば名前は?」

 名前という言葉にピンとこないらしい

なかなか出てこない。

「どう呼ばれてたの?」

 なるほどという顔をした後に考え込み

口を開く。

「アマネっ! ヒサキアマネっ!」

 元気で可愛らしい声は

少し癒しのような感覚を

憶えるほどにキレイで可憐な印象の響きを持っていた。

「物資支援課が向いてるかもね」

 聞き慣れない単語に首を再び傾げる。

「ああ、こっちの話だよ」

 この世界では子供でも労働しなければ

食事は愚か物資も手に入らない。

「働けるの……?」

「おっ? 嬢ちゃんは乗り気なのかな?」

 うんうんっと強く頷く少女に

どこか誰かの面影を映したような錯覚が見える。

「ヒサキね…… 会いたくなかったよ……」

 頭の隅に浮かぶ転がっていた女性の亡骸が

元同僚だったのかと少し複雑になった。

 第一部 おわり

 


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