第5話 影02
「バカな野良犬だって!?」
「ああ。誰彼かまわず噛みついて恐れを知らない。バカな野良犬じゃなきゃ、何だ?」
「こ、この……!!」
ネイトはニコラを見て歯ぎしりした。レイラの前で恥をかかされて、黙っているわけにはいかない。野蛮な
ガッ!!
ネイトの
「ちょっと、ネイト!! やめて!!」
レイラは全身から血の気が引いていくのを感じた。ネイトは誰に手を出したのかわかっていない。このままだとネイトが無事に朝陽を見ることはないだろう。下手をすれば殺されてしまう。
先に手を出したネイトが悪いとわかってはいても、レイラにとっては大事な弟分だ。レイラは必死になってネイトを守ろうとした。
「ネイト、この方がドン・ニコラなの!!」
仕方なくレイラはニコラの正体を告げた。それは、『
「え!? あ、あなたがニコラさんですか!!??」
ネイトは自分がしでかした過ちの大きさに気づき、
貧民街の少年たちにとって、『
「拾ってくれるかな?」
ニコラは静かに乱れた胸元を直す。その何事もなかったような態度に、ネイトは
「も、申し訳ありませんでした!! ニ、ニコラさんとは知らなくて……お、俺、とんでもないことを……」
「そんなに怯えないで。君たちはレイラの
ニコラは怒るどころか、内ポケットからマネークリップに挟まった札束を取り出した。ネイトたちは見たこともない金額に思わず息を飲む。
「ほら、これで音楽祭を楽しんで。無くなったら、また『ネオ・カサブラン』に来るといいよ。これを見せれば、ダヴィデが好きなだけお金を用意してくれる」
よく見ると銀色のマネークリップには『ニコラ・サリンジャー』と名前が彫りこまれてある。それを持つネイトは『ドン・ニコラの知り合い』ということになり、そこら辺のチンピラやギャングなら、もうネイトに頭が上がらないだろう。
「い、いいんですか!?」
「言っただろ、レイラの
「ニ、ニコラさん……」
ネイトは大金の挟まったマネークリップを見つめていたが、やがて意を決した表情になり、ニコラへ返した。
「俺たち……お金よりも『
「「「お、お願いします!!」」」
他の少年たちも、13歳の子供までもが頭を下げた。そんな少年たちを見て、ニコラは目を糸のように細める。
「そうか。君たちは若くして大志を抱き、野望に燃えているんだね。素晴らしい……君たち、
「もちろんです!! 俺たち、何でもします!!」
ネイトが頬を紅潮させて答えるとニコラの口の端が上がった。
「それじゃあ、ダヴィデを訪ねてみるといいよ。ちょうど今、新しい仕事のために人員を探して……」
「ちょっと、冗談でしょ!?」
突然、レイラがニコラとネイトの間に割って入った。そして、人を見下すような冷笑をネイトたち全員に向ける。
「こんなお金も持ってない、薄汚い
「「「レ、レイラ?」」」
ネイトたちはレイラの変わりように驚いて言葉を失った。そこに彼らの知っている優しいレイラはいない。困惑する少年たちに向かってレイラは畳みかけた。
「正直、ずっと迷惑に思ってたのよね。知り合いっていうだけで楽屋に来るし、こんな花まで用意して……貧乏人が恩着せがましいのよ」
レイラはネイトたちからもらった花束を足元に捨てて踏みつける。グシャッという音がして赤い花びらが散った。
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