四十膳目 「とうもろこしご飯」
「和樹、お米は?」
「いつも通り洗って、水切ってるトコ」
「よしよし」
陽平は和樹の頭をポンポンする。
「じゃ、最後はとうもろこしご飯ね」
「まぁ、やっぱそうだよね」
「さっ、最後もさっさと作っちゃうよー」
陽平は三合分の洗い米をザルから文化鍋に移し、普段通りの水加減にする。が、いつもと違い、陽平は予めボールに用意しておいた水を計量カップで図って使っている。ボールの中の水は何の変哲もない水のようである。不思議な様子で見る和樹の視線を察して、陽平は話し出す。
「これは、塩水。溶け残りがないように予め作っておいたの」
「ふーん」
「ホントは出し汁使おうかなぁ、とも思ったんだけど、ここまでそういう味つけの料理多いからさ」
「なるほどね」
「これが、だし代わり」
そう言って陽平は生のとうもろこしの芯を鍋の中に入れ、そのままフタを閉めた。
「浸水してる間に、洗い物とか全部やっちゃうよ」
「もうほとんど残ってないじゃん」
「まぁ、俺が料理しながら合間でやってたからね」
その言葉通り、流しにも調理台にも、もうほとんど洗い物は残っていない。
「それでもまだ蒸し器とか残ってるのあるから、洗っちゃうよ」
「俺も何か手伝った方がいいの?」
「いや、できる限り俺がやるから、必要な時だけ手を貸して」
「はーい」
現金な和樹らしい無邪気な声だ。
陽平は腕まくりをして、洗い物を手際よく片づけていく。
「いつも思うけどさ、陽平さんってさ、台所だと手際いいよね」
「え?」
「普段はマルチタスク苦手じゃん」
「あぁ、デスクワークとかだとね」
「今やってるの、それより遥かに難しいことだと思うんだけど……」
「やっぱり数やってるからじゃない? 料理を何品も作りながら、片づけも同時にやるように教育されてたし」
「そうなの?」
「調理中も常に流しや調理台はキレイにしておけ、って言われてたよ」
「子どもの頃から?」
「そうだね」
「そりゃぁ、それだけ何年もやってればできるようになるか」
「そういうこと」
洗い物を終えた陽平が文化鍋の中にとうもろこしの実を入れ、鍋を火にかけた。
「よし、後はいつも通り炊飯するだけだね」
「もうすぐご飯?」
「そのつもり」
「よーやく酒飲めるー!」
「そこは、腹減った、じゃないのね」
「それもあるけど、今はキンキンに冷えたビールが飲みたい!」
「冷蔵庫に入れてたゼリー、固まってるけど味見する?」
先に作っていた他の料理と一緒に、ゼリーの型を冷蔵庫から出してくる。
「えー、食べたい食べたい」
「はい、あーん」
幼子のように、和樹が素直に口を開ける。その口に、陽平がスプーンですくったゼリーを入れてやる。
「少し苦いかな?」
「うーん、香ばしい感じ? ほんの少し甘いかな」
「少しだけ砂糖入れたからね。後はとうもろこし本来の甘みもあると思う」
「ほうじ茶にも近い感じで、独特のクセのある味だね」
「でも不味くはないでしょ?」
「まぁね。生クリームほしい」
「生意気だなぁ…」
丁度文化鍋が沸々としてきた音を聞き、陽平がコンロの前にかがみこんで火力を調整した。そのままおこげを作らないように注意しながら炊飯していく。
炊き上がったご飯を蒸らしている合間に、陽平は残りの料理を仕上げ、和樹と手分けして各々皿に盛りつけていく。食事の支度が大方整った頃合いで、陽平が文化鍋のフタを開けた。真っ白な湯気の中から、黄色の鮮やかなとうもろこしご飯が姿を表す。少し固めに炊き上げた米も、粒の一つ一つがキラキラと真珠玉のようだ。
「うわ、キレイな黄色になってるねぇ」
「ホントだ。白米の白と合うね」
「とうもろこし縛りがなければ、彩り重視で枝豆も入れたんだけどねぇ」
「あー絶対キレイなヤツ」
芯を取り除き、陽平が仕上げに軽く鍋全体をしゃもじで混ぜ合わせる。
「あー早く食べたい」
「じゃぁこのまま茶碗よそって、すぐご飯にしよう。しゃもじあげるから、好きなように盛りな」
各々が自分の茶碗にとうもろこしご飯をよそい、それを持って二人は食卓についた。
「それじゃぁ、」
「いただきまーす!」
迷うことなく、真っ先に和樹はとうもろこしご飯に箸を伸ばした。
「味薄い?」
「ぜーんぜん。他のとうもろこし料理と違って、甘さ控え目だなぁー、って感じ」
和樹の食レポを聞き、安堵して陽平も箸をつけた。少し固めの米も食感の残ったとうもろこしも、一方のみが主張することなく絶妙の塩梅に仕上がっていた。味の方も、芯を入れたお陰か塩だけの単調な味にならず、旨味のある味わいだ。
「いやー、我ながら美味くできたね」
「ご飯が美味しいと、やっぱビールが進むわ」
「いやお前、酒飲めれば関係ないだろ…」
「アハハ! そうかもねー」
今宵もまた、こうして束の間の週末が過ぎ去っていく。
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