三十三膳目 「焼きとうもろこし」

 相変わらず和樹は、陽平の不思議な動作に釘づけになっていた。よく見ると陽平は、とうもろこしの粒を一粒ずつ手でむしっているようだった。一粒取り終えるとそのすぐ下を取り、またそのすぐ下を、といった感じで、陽平はあっという間に丸々縦一列分のとうもろこしを取り切ってしまったのである。その下に置かれた皿の上には、黄色い粒がこんもりと山になっていた。

 「陽平さん、それめんどくないの?」

 「だって、かぶりついたら歯に挟まるじゃん」

 「まぁ、確かにそうだけど」

 「こうすると、形が崩れないんだよ」

 確かに陽平の言葉通り、皿の上のとうもろこしはどれも根元から切り離され、粒の形を保っている。

 「でも、これ全部手で取るの?」

 「いや、一列取れば後は簡単だよ」

 陽平はそう言うと、キレイに取り去った列のすぐ隣の粒を取った。

 「こうやって空いてる列の側に倒すような感じで力かけると、他の粒は全部ポロっと取れるよ。何なら五個ぐらいまとめて取れる」

 「へぇー」

 面白いぐらいにポロポロ粒が取れていく様子に、和樹は感心しきりである。その間に、早くも陽平は一本分の実を全て取り終えている。むき終わったばかりの粒を一口味見をし、陽平は満足気な表情を浮かべた。

 「さ、和樹、これでやり方わかったでしょ?」

 「え、まさか…」

 和樹の顔が曇る。

 「うん。後で和樹にもやってもらうから、よろしくね」

 「まだ皮とヒゲ取ってる最中なんですけど…」

 「だから、それ全部終わってから。俺がどんどん蒸してくから、」

 「蒸し上がったのをむいていけと?」

 「そう! いやー、物分かりがよくて助かるわー」

 「そ、そんなぁ」

 今度は肩を落とすだけでなく、和樹はその場にガックリとしゃがみこんだ。

 「どーせ陽平さんのことだから、まーた全部むけって言うんでしょ」

 「まぁ、そうだけど、」

 「これじゃぁ、陽平じゃなくて『鬼平』だよ!」

 「何だそりゃ?」

 楽しげに笑いながら、陽平は首を傾げる。

 「鬼みたいに仕事させるから、鬼平!」

 「そういうことね。和樹にしては難しいこと知ってるなぁ、と思ったら」

 「というと?」

 「鬼平ってあだ名の人、歴史上の人物でいるんだよ」

 「実際にいたんだ」

 「そう。長谷川平蔵って言ってね」

 「ふーん」

 和樹のいかにも興味なさげな反応に、陽平は少し肩透かしを食らったような気分だった。

 「次、焼きとうもろこしにするんだけどさ、」

 「おぉーっ、絶対美味いヤツじゃん!」

 さっきとは打って変わり、和樹が目を輝かせて食いついてきた。

 「で、やっぱり和樹は丸のままで食べたい?」

 「陽平さん、粒の状態で作るつもりなの?」

 「そっちの方が作りやすいし、俺はいつもそうしてるから…」

 「焼きとうもろこしはやっぱり丸かじりするもんでしょ!」

 「じゃぁ和樹用に、丸のままでも作るか」

 「よっしゃー!」

 「その代わり、頼んだ分よろしくね」

 「わかったよ…」

 和樹がまた皮むきを始める。その横で陽平は再び蒸し器にとうもろこしを入れ、蒸かしている間に焼きとうもろこしを作っていく。

 和樹用に蒸したのを丸のまま二本、魚焼きグリルに入れ、何度も醤油を塗り重ねながら表面に香ばしい焼き色をつけていく。

 「うわぁー、グリルからめっちゃいい匂いする」

 「でしょ? もうすぐできるよ」

 「できあがったらすぐ味見していい?」

 「ハイハイ、わかってるって」

 和樹の分を焼きながら、陽平は自分用にとうもろこしの粒をフライパンで炒めている。醬油を回しかけ、少し焦がしたところでそれを皿に取った。和樹の分もグリルから取り出し、丸のままドカンと別の皿に乗せた。

 「さ、できたよ!」

 「じゃぁ、さっそく味見しよーっと」

 和樹が丸のとうもろこしの方に手を伸ばし、豪快にかぶりついた。その横で陽平は粒の方の焼きとうもろこしをスプーンですくって食べている。

 「和樹、味どう?」

 「醤油ととうもろこしの味! お祭り行きたくなる」

 あまりに雑な感想に、陽平は肩を落とす。

 「そうじゃなくて…、もっと他に味の感想ないの?」

 「うーん、やっぱこの味だわ、って感じ。昔食べたの思い出す」

 「何かフワッとしてるなぁ、」

 「甘じょっぱい味で、フツーに美味いよ!」

 「あ、フォローありがとね…」

 和樹は手や口元が茶色に汚れるのも構わず、無邪気に焼きとうもろこしをかじっている。

 陽平は和樹の食レポに少し物足りなさを感じながらも、その様子を楽しげに眺めていた。

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