三十四膳目 「とうもろこしのヒゲのサラダ」

 「まったく…、子どもじゃないんだから、こんな汚さないの」

 小言を言いながら、陽平は甲斐甲斐しく和樹の指先を拭っていた。

 「えだってー」

 「こうなるから俺、丸かじりするの嫌いなんだよ」

 「ここまで含めて焼きとうもろこしのお約束みたいなもんでしょ」

 「まぁそうだけど…。ほら、少ししゃがんで」

 陽平はタオルで和樹の口元ゴシゴシと拭いていく。和樹は腰をかがめて、大人しく陽平のされるがままに任せている。

 「はい、終わったよ」

 「ありがと、陽平さん」

 「まったく…、これぐらい自分でやりなさいよ」

 「だってぇ、陽平さんがやってくれるから」

 和樹がすかさず陽平に甘えようとする。

 「俺、お前のこと甘やかしすぎたかな。今度から全部自分でやらせよ」

 「そんなぁ、」

 「さ、次の料理作るよ! 次は俺一人で大丈夫だから、和樹はとうもろこしをむくのお願い」

 「えー、またあれやるの……」

 「焼きとうもろこし食べたら、続き全部やるって言ってたよね?」

 「俺、そんなこと言ってない!」

 「チッ……バレたか」

 陽平が少し悪い顔で舌打ちをする。

 「もう、抜け目ないんだから…」

 「ゴメンって。でも、和樹は優しいからちゃんとやってくれるんだよね?」

 「ま、まぁ、他ならぬ陽平さんの頼みなら……」

 その手には乗るか、といった感じで身構えていた和樹だったが、その表情はまんざらでもない様子である。結局、チョロい和樹はまんまと陽平の口車に乗せられ、再びとうもろこしの皮むきを始めるのだった。

 陽平もその横で次なる料理の支度を始める。

 「これ、ちょっともらうよ」

 そう言って陽平は和樹の目の前に置かれたポリ袋に手を突っこんだ。その袋は、陽平が指示をして皮むきの時に出るヒゲを集めさせていたものだった。

 「それ、何に使うの?」

 「料理に使うの」

 「飾りか何か?」

 「いや、これを食べるの」

 「えっ、食べれるの?」

 思わず和樹が手を止める。

 「てか、食べれるの?」

 「俺、ちゃんといつも食べれる物しか作ってないじゃん」

 「そうだけど…」

 「とうもろこしのヒゲ茶って、聞いたことない?」

 「あー昔そんなのも流行ったねー」

 「昔って…、地味にその言葉刺さるからやめない?」

 陽平が少し渋い顔をする。最近、己が年を重ねていることを如実に実感させられることが多いのだ。

 「だってあれ、CMやってたの俺が小学生とかの頃でしょ?」

 「お前、よく覚えてんな」

 「あぁ、何か思い出してきた。韓流スターが出てたよね?」

 「そうそう、元々韓国のお茶だからね」

 「あっ、そうなんだ」

 「後でそれも作るよ」

 陽平は一掴みヒゲを手に取ると、まな板に乗せて先端の茶色くなった部分を切り落とした。黄緑色の部分だけをボールに入れ、胡麻油と中華風ドレッシングを少量垂らして菜箸で混ぜ合わせていく。

 「陽平さん、もしかしてまた生で食べるの?」

 手を動かしながら陽平の作業を見ていた和樹が口を挟む。

 「そうだよ。ヒゲのサラダ」

 「ヒゲの…、サラダ?」

 「一口食べてみ?」

 陽平が有無を言わさず菜箸で和樹の口にサラダを放りこむ。和樹は口に入れられたサラダをむしゃむしゃと咀嚼している。

 「そのままもう少し噛んでみて」

 和樹が一瞬ハッとした顔になり、そのまま一口一口噛み締めていく。

 「どう?」

 「始めはヒゲから何も味しなかったのに、嚙んでたら甘い味がした。とうもろこしの実みたいな」

 「でしょ? 意外と美味しくない?」

 「美味いんだけど、あんま食べた気がしない…」

 「そっかぁ、」

 陽平がガックリと肩を落とした。

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