三十二膳目 「蒸しとうもろこし」

 陽平と和樹は、つかの間の休日デートを満喫して自宅に戻ってきた。

 車のトランクを閉めた和樹は、とうもろこしのぎっしり詰まった段ボール箱を抱えている。それを台所の調理台に置くと、和樹は居間のソファーに倒れこんだ。

 「はぁー、疲れたー!」

 日向ぼっこをする猫のように、和樹は思いっ切り伸びをする。

 「さ、鮮度落ちる前にとうもろこし調理しちゃうよ」

 「えー、少し休ませてー」

 和樹はソファーから意地でも動こうとしない。

 「だらしないなぁ…」

 「だって、帰り俺が運転したんだよ?」

 「それは、和樹がじゃんけん負けたからじゃん。行きはちゃんと俺が運転したでしょ?」

 「陽平さん、体力バケモノ過ぎでしょ。昨日も夜遅くまで仕事してたし…」

 「だって…、仕事片付けて和樹と出掛けたかったんだもん」

 陽平の口から、「もん」という普段聞き慣れない語尾が飛び出したことで、和樹はにんまりした。

 「それは嬉しいんだけどさ…、陽平さんムリしちゃだめだよ。それで倒れたらどーするの」

 「大丈夫だって。もうずっとこんな感じだし」

 「あのねぇ、陽平さんもう若くないんだからさぁ…」

 和樹の無遠慮な一言に、陽平が少しムッとする。陽平だって内心そのことを気にしているのだ。それを年下の和樹に言われたことが、一層陽平を不機嫌にさせた。

 「ま、お前もじきに分かる時がくるよ」

 陽平は鼻を鳴らし、一抱えもある蒸し器をドンとコンロに据える。そのまま、蒸し器の一番下の鍋に水をなみなみと注いでいく。不気味な笑みを浮かべる陽平に、和樹は自分が陽平の触れてはいけない部分に触れてしまったことを悟った。

 「よ、陽平さん、あの…」

 「少し休憩したら、作業手伝ってくれるんだよね?」

 「え?」

 「ね? 和樹くん?」

 「……はぁぃ」

 和樹は有無を言わさぬような陽平の圧に押し切られ、力無い返事をする。

 その返事を聞き、陽平は少し満足そうにとうもろこしの皮むきを始めた。陽平は一枚一枚丁寧に皮をむいていく。皮をむかれて露わになった卵色の実はいずれも大粒で、整然と列を成して並んでいる。それを惚れ惚れしながら眺めつつ、陽平はヒゲを残さないようにむしっていく。

 それから十分程して、ようやくソファーで寝ていた和樹が台所にやってきた。

 和樹は無言で台所の端に置いてあった踏み台に腰掛けると、そのまま飽きもせずに陽平の手仕事をジッと見ている。陽平の横では、蒸し器がか細い湯気を上げ始めていた。

 「……とうもろこし、蒸すの?」

 「そう。丸のまま」

 「茹でるんじゃなくて?」

 「こっちの方が美味しくなるから」

 「え? めんどくない?」

 「お前なぁ…」

 「そんなに味変わるの?」

 ついさっき陽平を怒らせたばかりだというのに、相変わらず和樹の言葉には遠慮がない。

 「まぁ、それなりに。あと、栄養が逃げない。今日は上物手に入ったから蒸し器使うけど、別に茹でても作れるよ」

 集中して手を動かしている陽平の言葉は素っ気ない。

 「てか何なら電子レンジでもできるし」

 「へぇー、レンチンできるんだ」 

 「俺も一本とか二本だけの時はレンチンしちゃう」

 「へぇー」

 「あのー、そろそろ代わって欲しいんだけど?」

 和樹の顔を見ながら、陽平がチクリと言う。

 「わかったって」

 和樹がゆっくりと踏み台から立ち上がる。

 「俺がとうもろこしむけばいいのね?」

 「そう。ヒゲと皮はそれぞれ目の前のポリ袋に入れてね?」

 「はーい」

 和樹が指示された通りにゆっくりと作業を始める。目の前には、もうすでに処理されたとうもろこしが何本も積まれている。それを陽平が手に取り、沸騰した蒸し器の中に並べていく。

 「あのさ…、ちなみこれあと何本やるの?」

 蒸し器のフタを閉めた陽平に、和樹が恐る恐る訊いた。

 「え? 全部だけど?」

 さも当然かの様な口ぶりで陽平が答える。

 「…段ボール全部?」

 「もちろん」

 「やっぱりかぁ、」

 和樹がガックリと肩を落とした。

 「さ、蒸してる間に俺も手伝うから、さっさとやっちゃお」

 陽平が再び皮むきを始め、手を止めている和樹を促す。

 「ま、そんな気がしてたよ…。空豆の時もそうだったし」

 和樹がまたノロノロと手を動かし始める。脇に立つ陽平は、テキパキと皮をむいていき、その合間に蒸し器のとうもろこしの蒸かし具合も見ている。

 上下を返しながら十分程蒸したところで、陽平はとうもろこしを蒸し器から取り出した。

 「ほら、エサだよぉー」

 陽平が茶化しながら、和樹の前に蒸したてのとうもろこしを載せた皿を置く。

 「エサって…、俺のことペットか何かだと思ってる?」

 「実際そんな感じじゃない? 俺の家転がりこんできて、俺に餌づけされてるんだから」

 「ひどい言われようだなぁ」

 「まぁ、どうせ飼うなら、もう少しお利口さんなペットにするけどね」

 「あっ、陽平さんヒドい!」

 「さ、やけどしないように召し上がれ」

 「そうやって話逸らさないでよ!」

 「じゃぁ、いらない?」

 試すように、陽平が悪い顔をして言う。

 「いや、食べるけどさ、」

 和樹が不機嫌そうな顔でとうもろこしに手を伸ばす。

 「うわっ、あっつ!」

 「だから気をつけろって言ったのに…」

 陽平の言葉も意に介さず、和樹はふうふうしながらとうもろこしにかぶりついた。その横で、陽平も蒸しとうもろこしに手を伸ばす。

 「これ、甘くて美味しい! 味が濃いね」

 和樹がそう言ってふと横を見ると、陽平は何やら不思議な手の動きをしている。

 「え、陽平さん何してんの?」

 「あぁ、これのこと?」

 「そのまま食べないの?」

 「この方が食べやすいからね」

 「へぇー」

 和樹は見慣れない陽平の所作を訝しげに見ていた。

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