四品目 とうもろこし
三十一膳目 「ゴールドラッシュ」
七月のある日、陽平と和樹は久しぶりの遠出を楽しんでいた。行き先は屋外型の巨大迷路である。畑に植えられているとうもろこしを迷路の壁に仕立て、その間を進むといった巨大なもので、何度か行き止まりに当たりながら二人はようやくゴールにたどり着いたところだった。
「いやー、意外と迷うもんだね」
「和樹が方向音痴なだけでしょ」
「陽平さんだって、少し迷ってたじゃん」
「それは…、そうだけど」
「でも、意外と楽しかったね」
「さ、次行くよ!」
「えー、迷路もう一回やんの?」
「いや、」
陽平の目的は他にあったのだ。陽平が和樹を引っ張っていった先には、小さな小屋が建っていた。この施設には、迷路と一緒に採れたての農産物を売る直売所が併設されていたのだ。軒先には、瑞々しい色をしたとうもろこしが並んでいる。その一角の山を、陽平が指差した。
「和樹、あそこの札見て」
「ゴールドラッシュ…?」
和樹がそこに書かれていた文字を読み上げる。
「聞いたことないでしょ?」
「うん」
「味見用に、一本ずつ買ってみよ!」
「え、ここ外だよ。見た感じ、調理できそうな場所もないし…」
「これはねぇ、このまま生で食べれるんだよ」
「とうもろこしも生で食べれるんだね」
「和樹、あんま驚かないんだね」
自分の想像と違う反応をした和樹を、陽平が少し訝しげに見る。
「まぁ、これよか遥かにゲテモノな物食べさせられてますから」
和樹が胸を張る。
「ちょっと、言い方ひどくない?」
「生の空豆とか、じゃがいもとか…」
「まぁいいや……。とりあえず買ってくるから待ってて」
陽平はうず高く積まれた中から良さげな物を二本目利きすると、建物の中で勘定を済ませて戻ってきた。
「はい、これ。皮とヒゲは外にゴミ箱があるって」
「ありがと」
陽平の持つとうもろこしは黄緑色の皮に包まれ、フサフサとした白茶のヒゲをたくわえていた。和樹が陽平から手渡されたそれは、ずっしりと持ち重りのするものだった。
「皮むいてみな」
言われるがままに、和樹が皮をむき始めて程なく───。
「うわ! 真っ白!」
和樹が中の身を見て歓声をあげた。その様子を、したり顔で陽平は見ている。
「どう? 驚いたでしょ?」
「うんうん」
「食べたらもっと驚くと思うよ」
皮とをむかれて丸裸になったとうもろこしには、真珠のような乳白色の大きな粒がびっしりと並んでいた。丁寧にヒゲを取り、和樹がゆっくりととうもろこしにかぶりつく。和樹がかじった瞬間に、実の中から甘い汁が爆ぜたように飛び出してきた。
「めっちゃ甘いじゃん!」
「でしょ? 糖度で言えば、高級フルーツ並みだからね」
「でも、味はちゃんととうもろこしだ!」
「美味いでしょ?」
「うん! 茹でたのとはまた違った味で面白い!」
「ま、これフツーのとうもろこしの三倍ぐらいする高級品だからね」
「え……」
一心不乱にとうもろこしを食べていた和樹の手が止める。銭ゲバな和樹には、よく効く言葉だったようだ。
「陽平さん、二本で一体いくら払ったの?」
「それは秘密。今日はトクベツだよ?」
柄にもなく、陽平がいたずらっ子みたいに人差し指を口元に当てる。その様子に、和樹はそれ以上追求することができなかった。
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