二十九膳目 「ヤンソン・フレステルセ」※9/9修正

 「あと二品だけど、何作るの?」

 「ここまで和食中心だったから、最後二つは海外の料理にしようかなぁー、って思ってる。生クリーム使いたいし」

 「ふーん」

 「一個は和樹も知ってるものだよ」 

 「何?」

 「イタリア料理で、じゃがいもを使って作るパスタの一種」

 「分かった! ニョッキ!」

 パスタ好きの和樹がウキウキで答える。

 「正解。お前、ホントパスタ好きだよなぁ。で、もう一個はスウェーデン料理」

 「スウェーデン?」

 今度は顔を曇らせ、首を傾げる。

 「そう。まぁ、これは和樹知らないかもなぁ」

 「何て料理?」

 「ヤンソン・フレステルセ」

 「ん? や、やんそんふれ…、何だっけ?」

 聞き慣れない単語に、和樹が困惑する。上手く言えない和樹の様子に、陽平は必死に笑いをこらえている。

 「ヤンソン・フレステルセ、ね」

 「ナニソレ?」

 「『ヤンソン氏の誘惑』って意味」

 「どんな料理か想像もつかないわ」

 「じゃがいもを使った料理だよ」

 「そりゃそーでしょ!」

 和樹が鋭いツッコミを入れる。

 「ま、ちょっと変わり種のグラタンみたいな感じかな。ニョッキ後にして、こっちから作っていこっか」

 そう言って陽平はじゃがいもを少し太めの細切りにし始める。玉ねぎも薄切りにし、二つをバターをしいたフライパンで炒めていく。玉ねぎから先に入れ、玉ねぎが透き通ってきたらじゃがいもを入れ、サッと混ぜ合わせる程度で火を止める。この後でまた熱を加えるため、じゃがいもは半生の状態に仕上げてある。

 「たぶん、和樹この料理好きだと思うよ」

 「え、何で?」

 「それは、これを使うから」

 陽平がポンと偏平な缶詰を一つ、調理台の上に置いた。

 「あっ、アンチョビ!」

 「好きでしょ?」

 「うん。アンチョビを使うの?」

 「そう。アンチョビの塩気が味の決め手だからね」

 缶詰の中からフィレを取り出し、細かく刻んでいく。

 陽平はグラタン皿を出し、内側に溶かしバターをぬっていく。じゃがいもと玉ねぎを炒めたものを底にしきつめ、その上に細かく刻んだアンチョビを散らす。そしてまたその上にじゃがいもと玉ねぎを敷く。その工程を、皿が一杯になるまで何べんか繰り返していく。

 「和樹、生クリーム取って」

 この生クリームは、陽平がポタージュを作る用に買っておいたものだった。汁物を急遽変えたため、陽平は生クリームを使うこの料理を作ることにしたのだ。

 和樹から生クリームの紙パックを受け取ると、今まで交互に重ねていた上から生クリームをたっぷり回しかけた。その上から、仕上げにパン粉と粉チーズをたっぷりと散らす。

 「これ、ホワイトソース用意する必要ないから楽なんだよね」

 「ホントにこれで美味しくなるの?」

 「クリームにアンチョビと野菜の味が溶けこんで、結構美味しくなるよ」

 「この料理は前に作ったことあるの?」

 「かなり前だけどね」

 「珍しい」

 「そんなことないでしょ」

 「だって、いつも行き当たりばったりで料理してるじゃん」

 ドっ直球の正論をぶつけられて、陽平はぐうの音も出ない。

 「さ、これで百八十度のオーブン入れて三十分ぐらいかな?」

 それとなく話をそらし、陽平がオーブンの扉を閉めた。



 それから三十分後───。

 両手にミトンをはめ、陽平がそっとオーブンの扉を少し開けた。その隙間から、中の焼け具合を確認する。

 「よし、大丈夫そうだね」

 「おぉ、どんな味になってるのか楽しみ!」

 陽平がオーブンから取り出した皿の中では、パン粉と粉チーズがこんがりと色づいていた。その下からは、きつね色になったじゃがいもが顔をのぞかせている。陽平はスプーンを入れ、躊躇なく層を切り崩して小皿に盛りつけた。

 「えー、せっかく互い違いにしたのにぐちゃぐちゃじゃーん」

 「こうした方が味が均一になるじゃん」

 「そういうもん?」

 「ま、食べてみなよ」

 アツアツのじゃがいもと玉ねぎを、和樹が用心しながら口に運ぶ。

 「美味い! 予想通りの味だったけど、めっちゃ美味い!」

 「それ、感想のつもり?」

 「いや、ホント美味いんだって。アンチョビ味の野菜と生クリームの相性がサイコー!」

 熱いのをハフハフしながら、和樹がパクパクと食べ進めていく。あっという間に、小皿の中はすっからかんになった。

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