三十膳目 「じゃがいものニョッキ」
「最後はニョッキなんでしょ?」
「そうだよ。小麦粉とじゃがいもを練って作るよ」
「ソースは?」
「まだそこまでハッキリとは決めてない」
「じゃぁさ、じゃぁさ、ブルーチーズのソースにしようよ!」
目を輝かせる和樹に、陽平が無言で冷蔵庫を指差す。
「開けろってこと?」
「チルドのトコ見てみな」
和樹がチルドの引き出しを開けると、そこにカットされたブルーチーズが入っていた。
「陽平さん、これ…」
「お前なら確実にそう言うだろうと思って。ホワイトソースとトマトソース、どっちがいい?」
「トマトソース!」
「トマトソースでブルーチーズか…。ま、何かいいの考えてみるよ」
「陽平さん、何か手伝おっか?」
現金にも、和樹が途端に元気になる。
「じゃぁ、そこの小麦粉取って」
陽平が顔を背後にある調理台の方に向ける。
「はーい、持ってきたよー」
「じゃぁ、このボールの中に少しだけ入れて」
陽平の手元には、大きなボールがあり、中には茹でて潰したじゃがいもが入っていた。和樹が小麦粉の袋を少し傾け、ボールに小麦粉を入れる。
「混ぜこんでいくから、また合図したら小麦粉入れて」
「ホントにこれでニョッキになるの?」
「まぁ、見てなって」
陽平が慣れた手つきでじゃがいもと小麦粉を練り合わせていく。粉っぽさがなくなったとこで、陽平は和樹に合図をした。
「さっきより、気持ち多めの量入れていいよ」
「こ、これぐらい…?」
「うん。それで大丈夫」
このやり取りを何回か繰り返し、途中でつなぎにオリーブオイルを加えながら、少し白っぽい黄色になるまで練っていく。そぼろ状だった生地は一つにまとまり、耳たぶぐらいの固さになっている。出来上がった生地を少し手に取り、陽平は一口大の少し平べったい俵型を一個作ってバットに置いた。
「さ、ここからは和樹の出番だよ」
「え?」
何が何だか理解できていない和樹に、陽平がフォークを手渡す。
「このニョッキの両面に、フォークで模様つけてって」
「あの模様ってフォークで作ってたんだ」
「そうだよ。お前ならよくパスタ見てるだろうから簡単だろ?」
「うん」
生地をちょこんとつまみ、和樹が無心に模様をつけていく。
「あと、合わせるソースもお前の好きに作っていいから」
「ホント?」
「俺が作ってもいいんだけど、その方がいいかなぁ、と思って」
「分かった! 俺に任せて!」
パスタは和樹の得意料理なのだ。陽平には敵わないものの、その腕は陽平も認めるレベルである。
「じゃぁ、とりあえずニョッキ全部成型して、茹でちゃおっか」
「うん。分かった」
和樹がフォークで模様をつけている傍らのコンロで、陽平が茹でる用の鍋を用意していく。鍋に水を張り、沸いてきたところで塩を入れる。
「陽平さん、全部終わったよ!」
「お、ちょうどいいタイミング。じゃぁ全部茹でちゃお」
陽平がバットに入っていたニョッキを、豪快に全て鍋に放りこんだ。
「どれぐらい茹でるの?」
「今鍋の底に沈んでるのが浮き上がってきて、そっから更に二分ぐらいかなぁ」
「じゃぁ、俺ソース作り始めていい?」
「あぁ。茹で上がったザルに上げて、和樹に渡すよ」
「オッケー。よろしく」
そう言うと、和樹はフライパンを取り出し、ウキウキでソース作りを始めた。
しばらくして、陽平は茹であがったニョッキをザルに入れて和樹に手渡した。
「はい、これ」
「ありがと」
「俺、他の料理の仕上げとかしてるから、ニョッキは和樹に任せていい?」
「任せて」
自信たっぷりな和樹の返事を聞き、陽平は他のじゃがいも料理の仕上げを始めた。冷めてしまったものは温め直され、九品の色とりどりの料理が大小様々な器に盛られていく。
「和樹、口開けて」
「ん? 何?」
突然の陽平の言葉に驚きながらも、和樹はニョッキとソースを合わせながら素直に口を開ける。
「いももちの味見」
そう言って和樹の口に、陽平が一口大のいももちを投げ入れた。
「どうよ?」
「醬油味で海苔巻いてあって、本物のお餅みたいな食感だね。でも、少しいもっぽい味がする」
「ちゃんとモチモチしてるでしょ?」
「うん、めちゃくちゃ美味しい」
和樹がおもむろに手を止め、爪楊枝を一本手に取る。爪楊枝の先にニョッキを刺し、それを陽平の口元まで持ってくる。
「はい、俺からも味見のお返し」
「ありがと」
陽平は勧められるがままにニョッキを食べる。
「味、どう?」
「うーん、七十点ってとこかな」
「えー辛口だなー」
「ま、フツーに食べれる味だから大丈夫だよ」
「その言い方ひどくない?」
「さ、ご飯にするよー」
何事もなかったかのように受け流す陽平の顔を、和樹が不服そうに見下ろした。
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