三品目 じゃがいも

二十一膳目 「生じゃがいものサラダ」

 「和樹ー、玄関開けてー」

 買い物帰りの陽平が玄関先で大声を出す。居間にいた和樹が慌てて玄関のドアを開ける。

 「どしたの、陽平さん」

 「ちょっと買い過ぎちゃって…」

 陽平は両手に買い物袋を持ち、それに加えて何やらオレンジ色のネットを提げている。その中には泥にまみれた球体がいくつも入っている。

 「これ、じゃがいも?」

 「そー」

 「なに、今度はじゃがいもの声が聞こえたの?」

 「さっすが理系、鋭い!」

 「文理は関係ないでしょ…、てかまた無駄遣いして…」

 「ま、声聞こえたってのは嘘だけど。新じゃがの季節だから、これで何か作ろうと思って」

 「これ、どれぐらい入ってるの?」

 「一キロ」

 「は? また、十品作るの?」

 「さっすが理系、するど…」

 和樹が陽平の頬をつまむ。

 「おだてても何も出ないからね!」

 「バレちゃぁしょーがないね」

 「いくら俺でも気づくわ」

 和樹が陽平の荷物を半分受け取り、二人で台所に向かう。手分けして買い物を一通りにしまい、陽平は手を洗うと前かけをしめた。

 「さ、始めるよ!」

 「えー、やっぱやるのー?」

 「これ原稿にするんだから、手伝ってよー」

 「嫌って言っても、どーせ無理やり手伝わせられるんでしょ?」

 和樹は早々にもうふてくされている。

 「いや、別に手伝ってくれなくてもいーよ」

 陽平の顔を疑いの目で見る。

 「…本音は?」

 「それならメシ抜きにすればいいかなぁ、と」

 「結局俺に選択肢ねぇじゃん!」

 「まぁまぁ、そう怒らずに…。今回はそんな凝ったもの作るつもりじゃないし…」

 「分かったよ…。で、一品目は?」

 「まずはサラダ作ろうかなぁ、と」

 「何? ポテサラ?」

 和樹がぶっきらぼうに言う。

 「いや、生で」

 「食べれるの!?」

 「大丈夫。生の空豆に比べたらそんなに邪道な食べ方じゃない」

 「じゃがいもって生で食べれるんだー」

 「ま、なるべく芽が出てないもの選んで、ちゃんと皮むいたりとかは注意しないといけないけどね」

 陽平がじゃがいもを何玉か手に取り、丁寧に表面の泥を洗い流していく。その後でピーラーで皮をむき、それを針のような細切りにしていく。あまり幅広に切ると、口の中に残って食感が悪くなるのだ。陽平は輪切りにしたじゃがいもを横に倒し、鮮やかな包丁さばきで針状に切っていく。全て切り終わると、じゃがいもをボールに張った水にさらす。

 水にさらしている間に冷蔵庫からハムを取り出し、それも数枚、同じように細切りにしていく。じゃがいもから出たデンプンで水が少し濁ってきた頃合いで、じゃがいもを水から上げ、サッと洗ってサラダにしていく。ボールに洗ったじゃがいもとハムを入れ、マヨネーズと辛子で味つけし、黒胡椒と醤油も少し加えて混ぜ合わせる。

 「これで完成?」

 「そう」

 「ホントに?」

 「食べてみない?」

 和樹が無言でボールの前に手を差し出す。陽平がその手の上にほんの少しサラダを乗せてやる。それをゆっくりと口に入れて咀嚼する。

 「マヨネーズと香辛料使ったから、食べやすいでしょ?」

 「うん。生のじゃがいもってこんな感じなんだね。ちょっと甘い?、気がする」

 「細切りにして、水にちゃんとさらすとこーなるのよ」

 そう言いながら陽平も自分で味見をする。

 「あ、ちゃんとまともな味になってるね。よかった」

 「あのさー、味が分からないものを俺に味見させるのやめない? 俺実験台じゃないんだから」 

 「大丈夫だって。味見しなくても大体の味は見当つくから」

 「ホントかなぁー」

 胸を張る陽平を、和樹がまた疑わしい目で見ている。

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