日曜の昼下がり

 日曜の昼下がり。

 和樹は陽平の部屋のドアをノックした。 

 「陽平さーん」

 中からは返事はない。構わず和樹はドアを開ける。五畳程の部屋の壁一面に本棚が広がり、その中には所狭しと本が詰められている。奥の窓辺に置かれた机では、陽平が入り口に背を向けて座っていた。陽平がカタカタとタイピングする音だけが部屋に響いている。

 「陽平さん、」

 「………」

 「進捗どう?」

 「………」

 陽平が無言で左手を上げる。その手を和樹の方に二、三度振る。今は邪魔するな、という意味である。

 「ハイハイ。お邪魔しました」

 長いつき合いの和樹は即座にその意味を理解し、ドアを閉めた。そのまま居間へ直行し、ソファーに寝そべってテレビのスイッチを点ける。十五分程ボーっとテレビを見ていると、陽平が放心したような顔で居間にやってきた。

 「あ、テレビうるさかった?」

 「いや、大丈夫…」

 「原稿、今日〆切だったよね?」

 「あぁ、うん…、何とか…」

 陽平の顔は表情に乏しく、足元も覚束ない様子だ。フラフラとソファーに向かって歩いてくる。寝そべっていた和樹が慌てて起き上がり、ソファーから立ち上がる。

 「疲れた───」

 その言葉と同時に、陽平はソファーに倒れこんだ。

 「お疲れ」

 「ここ、おいで」

 陽平が自分の頭の上の、ソファーの少し空いた部分をポンポンと叩く。促されるがままに、和樹はその部分に腰掛けた。

 「膝枕、して」

 柄にもなく陽平が和樹に甘えてくる。

 「そんなに疲れたの?」

 「もうムリ。助けて」

 陽平が和樹の膝に頭を乗っける。

 「ハイハイお疲れ様。作家先生も大変ですね」

 そう言って和樹は陽平の頭をポンポンする。

 「いいよなぁー、サラリーマンは。土日ゴロゴロできて」

 「陽平さんも一応そうでしょうが。しかも俺と違って半分ぐらい在宅だし」

 「俺、それプラス原稿書きしてるんだけど?」

 陽平が少し不機嫌になる。すかさず和樹が陽平の頭を撫でてなだめる。

 「ハイハイ、お疲れ様でした」

 よくあることだけに、和樹の陽平の扱いもすっかり手慣れたものである。

 「今日は飯、お前作って」

 「えー」

 「俺もう今日は疲れた。台所立ちたくない」

 「どっか食べ行く?」

 「それもめんどい」

 「えー」

 「今日は和樹の手料理が食べたいなー」

 そう言って訴えるような目で和樹を見る。こうすれば和樹が素直に従うことを、陽平はしっかりと把握しているのだ。 

 「もー、しょうがないなー。陽平さんも少し手伝ってね」

 和樹がにやけ顔で陽平の頭をわしゃわしゃする。


 

 

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