十八膳目 「鯛の潮汁」
「あと残り三品かぁー」
「そうだね」
陽平がまな板で三つ葉を刻みながら答える。
「陽平さんのことだから、もう残りの三品も何作るか決めてるんでしょ?」
「まぁね。次は汁物にする」
「なに作んの?」
和樹が興味深げに陽平の手元を覗きこむ。
「
「何それ?」
「
「ない」
「まぁ、早い話が吸い物だよね」
「そう言われれば、何となく分かるかも。味噌とか入れない透明なヤツでしょ?」
「まぁ、ほぼ合ってる…。潮汁ってのは、出し汁を使わずに魚や貝を水から煮て、その旨味を出しの代わりにする汁物のこと。大昔は海水使ってたとも聞くけど、本当かどうかは知らない」
「よくもまぁ、そんな難しい話がすらすらと出てくるもんだね」
「ま、年の功ってやつですよ。和樹よりも長く生きてるからね」
陽平が背をぐっと反らす真似をしてドヤ顔をする。
「言っても陽平さん、俺と四つしか違わないでしょ?」
「うっ…」
「それに、理系の知識と運動神経なら、俺ヨユーで陽平さんに勝てるよ?」
「そうやってすぐ俺に張り合おうとするから、お前はいつまでもガキなんだよ」
「え? 陽平さんも同じこと俺にしてきたばっかじゃん」
「ま、それはそれ、これはこれということで…」
旗色が悪くなった陽平はそそくさと潮汁を支度を始めた。
小鍋を用意し、その中ボールに入った半透明の液体を加えていく。
「それ何?」
「これはねぇ、鯛の骨から取った出し。捌いた時に背骨あったでしょ? あれを霜降りにしてから鍋で煮て出し取ってたの。ホントはあら汁でもよかったんだけどね」
「俺が見てない間にそんなことしてたの?」
「ちょうど君がいじけてどっか行ってた時のことでーす」
「『いじけて』って、あれは元々陽平はさんが…」
「ハイハイ。あれは俺が悪かったって」
再び噴火しそうになる和樹を陽平が両手で制する。
「鯛の切り身取ってくれる?」
「わかった」
陽平はそれを受け取り、水を足して濃さを加減した汁の中に入れた。この状態から切り身を入れて火にかけていき、少し置いて酒を加え、沸騰して浮いてきたアクを丁寧に取り除く。アクを大方取りきったところで、陽平は一口味見をした。舌に全神経を集中させ、汁を舌に乗せてゆっくりと転がしていく。
「陽平さんてさ、」
「ん?」
「味見する時、キリンが食事するみたいに口もごもご動かすよね」
和樹の言葉に陽平が爆笑する。
「お前、たまに面白いこと言うよな」
「そんなことないでしょ」
「あれは、口の中全体を舌と唾液でキレイにして、正確に味が見れるようにしてんの」
「キリンの真似してた訳じゃないんだ」
「んな訳ないでしょ」
醬油と塩、味醂を少し加え、また陽平が味見をする。仕上げにざく切りにしておいた三つ葉と柚子皮の粉末を散らし、もう一度味身をすると、陽平はゆっくりと味見用の皿を置いた。
「完成?」
陽平は何も言わず、和樹に味見用の皿を差し出す。和樹がそれを手に取ると、陽平がその中に汁を少量入れた。
「飲んでいいの?」
「どうぞ」
和樹がゆっくりと皿に口をつける。
「これ、味濃くないのにめちゃくちゃ美味い!」
一口飲んでそう言うと、和樹はそのまま汁を飲み干した。
「今回はお気に召しましたか?」
「いや、前の料理もマズかった訳じゃないからね?」
「わかってるよ。俺が作ってんだから」
「ねぇ陽平さん、切り身も味見したい!」
「ダメ! 切り身は余分入れてないから後で」
「えぇー。絶対美味いはずなのに…」
「後で食えるんだからいーだろ」
「そうだけど…」
和樹の目の前に、陽平がボールを置く。
「じゃぁ、出し取るのに使った『あら』、残ってるけど食べる?」
「食べる!」
和樹が目を輝かせている。
「後は捨てるだけだから、骨に少し残った身しゃぶって食べていいよ」
返事もそこそこに、和樹が鯛の骨をしゃぶっていく。
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