十九膳目 「鯛の蓬蒸し」

 「ようへいはん、ほれふまいね」

 「頼むから、食いながら喋らないでくれ」

 陽平に注意されて、和樹がしゃぶっていた骨を口から離す。

 「『これ美味いね』って言ったんだけど」

 「言われなくても分かるって」

 「で、次は?」

 「そう簡単に言ってくれるなよ…。作るの結構大変なんだぞ」

 「ゴメン。フツーにどれも美味いから、次はどんな料理か気になって」

 素直に謝られると、陽平もそれ以上責められない。

 「次は、酒蒸しにしようと思ってるよ」

 「美味いよねー、酒蒸し。アサリの酒蒸し好きだよ」

 「お前、それは酒のツマミになるからだろ?」

 「バレたかー」

 和樹が無邪気な笑顔を陽平に向ける。

 「今日は鯛の酒蒸しな。ただ、フツーに作っても面白くないから、ちょっと俺流で」

 「ちなみにそれ、今まで作ったことは?」

 「ない」

 「またそのパターン?」

 和樹がやれやれといった表情をする。

 「大丈夫。昔作り方を聞いたことがある」

 「何も大丈夫じゃなくない?」

 「俺、料理では失敗しないので」

 陽平は和樹の方に振り向き、決め顔をする。

 「そのネタ、もう古くない?」

 「いいじゃん!」

 陽平は深緑色の菜っ葉をザルに入れ、そのまま流しで洗い始めた。それは小松菜やほうれん草ともまるで違う、春菊に似た見慣れない姿形をしている。

 「見たことない葉っぱだけど、それは?」

 「これは、よもぎ

 「よもぎ?」

 「草餅作る時に使う葉っぱだよ」

 「草餅ってこの葉っぱ使ってるんだ」

 初めて見る蓬を、和樹が物珍しそうに見ている。

 「今日はこれで、変わり種の酒蒸し作るの」

 「美味いの?」

 「俺も食べたことないから、まだ何とも。でも、相性的にはそんな悪くないはず」

 「適当だなー」

 陽平が洗い終わった蓬をザルにあげ、中型のフライパンを取り出した。

 「蒸し器出すの面倒だから、今日は手抜きしてフライパンで作るわ」

 「もう美味くできるなら何でもいーよ」

 和樹が投げやりに答える。

 「大丈夫だって。俺に任せとけ」

 「わかったよ」

 陽平はフライパンの中に塩をして臭みを抜いた皮つきの切り身を並べ、その間に蓬を敷き詰める。仕上げにその上から塩と酒を振りかけ、フタをして中火にかけていく。

 数分経つと、フタの間から白い湯気が立ち上ってきた。吹きこぼれないように火加減に注意しながら、そのままさらに五分ほど蒸していく。段々と湯気に酒の香りに混じって、蓬独特の少し青臭いような香りが混じってくる。頃合いを見計らって陽平がフタを取ると、台所全体に蓬と酒の香りが広がった。

 「うわー、蓬ってこんな匂い強いんだ」

 「ちょっと青臭いでしょ?」

 「うん。雑草みたいな匂いがする」

 「雑草って…、お前なぁ…」

 「ホントに美味いの?」

 「とりあえず、味見してみるか」

 陽平が蓬をどけ、切り身を一つ小皿に取る。その上に酢醤油を少し垂らし、一口味見をする。ふっくらとして淡白な味わいの鯛に、蓬の爽快感のある香りが移ってさっぱりとした味に仕上がっている。だが、陽平が思っていた以上に酸味が強すぎる。

 「どう? 陽平さん、」

 「……悪くは、ない。けど、味つけは別のがいい気がする」

 陽平がもう一口、蓬蒸しを食べる。本来白身魚の酒蒸しにはポン酢を合わせるのだが、蓬の香りが柑橘類の香りと合わないと考え、陽平はあえて酢醤油にしたのだ。だが、他にもっと合うものがある気がして、陽平は真剣な表情で鯛の身を咀嚼している。

 突然、陽平は何かを閃いた顔をして小鍋を取り出した。その中に、次の料理で使うつもりで用意していた出し汁を少し入れる。出し汁は塩を醬油などで味つけしてあったものだが、そこに更に砂糖と味醂を加えて煮溶かしていく。出来上がった少し甘めの出し汁を、陽平は鯛の身に回しかけた。それを一口食べ、陽平は満足気な顔で箸を置いた。

 「どう? 上手くいったの?」

 「食べてみ?」

 陽平が自分の箸で身を一口分取り、それを和樹の口に入れてやる。和樹がモグモグと口を動かす。

 「雑草みたいな匂いだったのに、めちゃくちゃ美味しくなってる!」

 「でしょー?」

 「この上にかかってるのが美味い!」

 「酢醬油だと合わなかったから、もっとあっさりした味にしたの」

 「へぇー」

 「一応、酢醬油の方も食べてみる?」

 「うん」

 今度は酢醬油をかけた身を、陽平が和樹の口に入れてやる。

 「……こっちでも俺は美味いと思うけど、やっぱ最初に食べたほうが断然美味いわ」

 「でしょでしょ?」

 「やっぱ陽平さんって天才だわ!」

 「ほらほらー、もっと言ってくれてもいいんだよ?」

 和樹の誉め言葉に、陽平は有頂天になっている。

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