十六膳目 「鯛の天ぷら」

 「ちょっと柑橘系の香りもして、皮もパリパリで…、やっぱ陽平さんの料理って何食べても美味いね!」

 陽平にもう一枚幽庵焼きをもらい、和樹が美味しそうにそれを頬張っている。

 「さっきまで拗ねてたのに、匂いに釣られて戻ってきちゃったもんねぇー」

 「それはまぁ、それということで…」

 「もう機嫌直ったの?」

 「うん…、鯛食べたら、もういいかな、って…」

 「ホントお前って、食べ物に釣られるよな。まぁ、そのお蔭で、こっちも助かってますけど」

 「人の弱みにつけこむなんて卑怯だよ!」

 「まぁまぁそう怒らずに…」

 和樹をなだめつつ、陽平は次の料理の支度を始める。

 「次はねぇ、鯛の天ぷらにしようかなぁ」

 陽平はボールに小麦粉を入れ、そこに卵を割り入れてぐるぐると混ぜ合わせていく。

 「お、天ぷら。いいねぇ、酒に合いそう」

 「また酒か? あ、言っとくけど、今日は夕飯まで飲ませないからな!」

 「えーケチ」

 和樹の抗議を無視して、陽平が先ほどのボールに冷水を入れ、天衣を作っていく。油の入った小鍋を火にかけると、陽平は鯛の切り身に小麦粉を薄くまぶしていく。粉をまとわせた切り身を天衣のボールにくぐらせる。

 「ねぇ、一個雑学語っていい?」

 「何? 陽平さん急にどーしたの?」

 話しながら、陽平が油の中に切り身を入れていく。油の中からは、ジューっという美味しそうな音がしてくる。

 「徳川家康って…、鯛の天ぷら食べた後亡くなったって知ってた?」

 「えっ…」

 和樹の動きがピタリと止まる。

 「…鯛の天ぷらって、食べたら死ぬの⁉」

 「んなわけないでしょ!」

 持っていた菜箸を放り投げ、陽平は腹を抱えて笑い転げている。

 「え、でも…」

 「これは半分ホントで半分嘘。亡くなる前に鯛の天ぷら食べたのは事実だけど、直接の原因は胃ガンって言われてるし」

 「なんだぁ、驚かせないでよー。それに陽平さん、笑い過ぎ」

 「いや、あまりに真に受けてるからさー」

 「いやさ、嘘だとちょっと思ったんだけど、陽平さんマジの顔で言うんだもん」

 「ゴメンゴメン。じゃぁ、お詫びにもう一個だけ雑学」

 「怖いのはヤダよ。てか、どこがお詫びなの?」

 陽平は和樹のツッコミを華麗にスルーする。

 「今度のは美味しい雑学の話だよー」

 「まぁ、それなら…」

 「天ぷらの衣にマヨネーズを少し入れると、天ぷらがサクサクになるって知ってた?」

 「え、そうなの?」

 「そう。時間が経ってもサクサクになるの」

 「へぇー」

 陽平が天ぷらの表裏を返す。

 「和樹、そこのお皿にキッチンペーパー敷いて」

 「はーい」

 和樹が素直にお皿にキッチンペーパーを敷く。

 「とりあえずそこに揚がったの置いてくから、お皿持ってて」

 「はーい」

 その上に、陽平が揚げ上がった鯛の天ぷらを置いていく。

 「ねぇねぇ、陽平さん、」

 「食べたいんでしょ?」

 「うん!」

 「ま、これ味見用に揚げたやつだしね…」

 和樹の顔を見て、エサを前にした犬のようだと陽平は思った。和樹の持つ皿に、陽平が揚げたて天ぷらを一個置く。

 「はい、どーぞ。熱いから気をつけて…」

 ガブッ。

 陽平の注意を聞く前に、和樹は思いっきり鯛の天ぷらにかぶりついていた。

 「あっっつ!!」

 「だからそう言おうとしたのに……。この間それで痛い目見たばっかでしょ」

 「あー口の中火傷したー」

 「どう? 美味かった?」

 「うん。ホクホクしてて美味い」

 「味つけしなくても美味しいでしょ?」 

 「うん。でも俺は塩か天つゆが欲しい!」

 「ホントに濃い味好きだよな…」

 「でも、陽平さんの料理食べ始めてから、薄味も好きになったよ」

 お世辞だろうとは思いつつも、思わず陽平の頬がゆるむ。

 「はい、これがマヨネーズ入れて作ったやつ」

 和樹の持つ皿に、陽平がもう一個天ぷらを置く。和樹がそれにゆっくりと箸を伸ばし、息を吹きかけて冷ましてから一口かじった。

 「違い、分かる?」

 「全然わかんない!」

 「まぁ、やっぱそーだよねー」

 陽平が豪快に笑う。

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