十四膳目 「鯛のあら煮」
「じゃぁ、次はこれ使おっか」
そう言って陽平がボールに入れてあった鯛の頭を指差す。
「これってどうやって食べんの?」
「あら煮にする。和樹、冷蔵庫に牛蒡入ってたでしょ」
和樹が冷蔵庫の下の段を開ける。
「うん、入ってるよー」
「じゃぁ、牛蒡二本出しといて」
「はーい」
和樹が素直に牛蒡を流しに置く。少し悪かった機嫌も、刺身を食べさせてもらえたことですっかり元通りになっている。
陽平が鍋に水を入れ、それを火にかける。鍋の水が沸くまでの間、その横の調理台で陽平は鯛の頭に包丁を入れていく。口の所から包丁を差し入れ、刃に思いっきり力をこめて頭を真っ二つに割る。
「うわぁー、結構グロテスクな光景だねー」
それを見ていた和樹が思わずそうこぼした。
「何言ってんの。捨てるぐらいなら美味しく食べてあげないと」
おどけた仕草で、陽平が真っ二つに割った片割れを和樹に近づける。
「ほら、この子も『食べてほしいー』って言ってるでしょ?」
「いやいや、そんな訳ないから! まっっじで俺そーゆーグロイの苦手なの知ってるでしょ?」
思わず和樹が後ずさりする。その様子が面白くて、陽平は更にけしかける。
「ほらほらー、この子の澄んだ目をちゃんと見てあげなよ。何か訴えてきそうじゃない」
「やーめーて! マジで今夜の夢に鯛が出てくる」
「『ボクのこと食べたい?』って、訊いてきそうじゃない? 鯛だけに『食べ鯛?』……、なんちゃって」
「いやいやいや、こんな時にそんなダジャレ言われてもちっとも笑えないから。それに、もうお湯沸いてるよ」
陽平の注意を逸らそうと、和樹が必死な表情で鍋の方を指差す。
「あ、ホントだ。頭霜降りにしないと」
そう言って陽平がまた作業を始める姿を見て、和樹はホッと胸をなでおろした。
陽平は鯛の頭をザルに入れ、少し冷ました湯をそれに回しかけていく。表面が白っぽくなったところで手をとめ、流水で血合いや鱗を丁寧に洗い流していく。こうすることで、生臭さも同時に抜くことができるのだ。鯛の下処理を終えると、今度は包丁の背で牛蒡の皮をむき、それを数センチの長さに切りそろえていく。
それが済むと、陽平はまた別の鍋に酒と水を入れ、鯛の頭と牛蒡を先に入れた状態で鍋を火にかける。鯛の持ち味を損なわないように手早く仕上げるため、煮汁は控えめの量にしてある。
陽平はそのまま横の調理台で手早く生姜を千切りにし、半量を鍋に入れた。残りの半量は、仕上げに天盛りにするために残しておくつもりなのだ。
しばらくして浮いてきたアクをすくい取り、砂糖、味醂の順に加えていき、アルミホイルで落しブタをする。火を少し弱め、そのまま煮含めていく。
それから十分後───。
陽平は落としブタを取り、鍋に醤油を回し入れていく。
「うわぁ、もうこの時点で美味そう!」
和樹が無邪気に歓声を上げる。
「まだ美味しくないよー」
「えぇー、もうお腹空いたんだけど」
「ハイハイ。わかったから」
陽平はそのまま煮汁を詰めていき、最後に照りを出すために味醂を一回しだけ入れた。煮汁から立つ泡が、次第に粘り気を帯びてくる。なるべく身を崩さぬよう、陽平は鍋をゆすってその煮汁をまんべんなく行き渡らせていく。
「はい、これで完成! 仕上げに生姜の千切り乗っけたら完璧」
「ねぇねぇ、陽平さん」
和樹が犬みたいな顔をしている。陽平の目には、本当にちぎれんばかりに振る尻尾と耳が見えた気がした。
「ハイハイ味見でしょ?」
煮ている過程で欠けてしまった小さな身と牛蒡を一本、陽平が小皿に載せてやる。
「やった!」
「まだ熱いから…、」
陽平が言い終わらぬ内に、和樹はもうあら煮を頬張っている。
「…どう?」
「濃いめの甘辛い味で美味しいよ。骨多いけど、中の身はちゃんと白身魚の味がする!」
「白身魚って……。牛蒡は固くない?」
「大丈夫。陽平さん、おかわりちょうだい!」
和樹が陽平に小皿を突き出す。その小皿を持つ手を、陽平がぺちっとたたく。
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