十三膳目 「鯛の松皮造り」 ※2023/5/19修正
「じゃ、次はちょっと変わったお刺身にしよっか」
「昆布〆とは別にまた作るの?」
「皮を残したまま刺身にする方法もあるんだよ。皮、さっき食べて美味しかったでしょ?」
「うん」
「だから、その皮を生かして刺身にしようって訳」
「へぇー」
「さ、これはそんな難しい作業ないからさっさと作っちゃうよ」
ポンと一回手を叩き、陽平は作業を始める。湯引きを作るのに使ったものを片づけ、水を入れたやかんを火にかける。
「和樹、さっき使った氷水のボール、中の水捨ててもう一回氷水作ってくれる?」
「えー、また手伝うのー?」
皮引きに失敗してから、和樹はちょっとご機嫌斜めだ。
「そんなにこき使わないから」
「じゃぁ、これ手伝うだけだよ」
和樹がしぶしぶ動き出す。ボールに入っていた水を捨て、氷水を張る。
その横で、陽平は皮を残したままにしておいた鯛の柵をまな板に置き、皮目の方に塩を振っていく。その上からキッチンペーパーをかけ、まな板を流しに斜めに立てかける。
「和樹、お湯沸いてる?」
「うん。もう沸くー」
「よーし、こっからは時間勝負だから、和樹はどっか避けてて」
「はーい」
陽平がやかんを持ち、熱湯をキッチンペーパーの上から鯛の柵にまんべんなく回しかけていく。鯛の身が少し反り返ったところで、身に熱が通り過ぎないようにすぐさまそれを氷水に取る。
「何かさっきの湯引きと似てるね」
遠巻きに陽平の作業を見ていた和樹が口を挟む。
「まぁ、確かにそうかもね。こうすることで鯛の生臭さが取れるのよ」
「へぇー」
「この作業のことを『霜降り』って言うの」
「牛肉のヤツじゃなくて?」
「それとは別物」
陽平が氷水の中から柵を取り出す。
「んで、これを刺身にしたものが『松皮造り』って言うの」
「あのさ、一つ気になってんだけどさ?」
「ん?」
陽平が背後に立つ和樹の方を向く。
「お刺身のこと『お造り』とも言うじゃん? あれって何で?」
「あーそれはねぇ、『身を刺す』ってのが縁起が悪いからってことで別の言葉で言い換えたんだよ」
「そうなんだ」
「ほら、すり鉢のこと『あたりばち』って言ったり、験を担ぐみたいなものなんじゃないのかな? あと、お茶の席なんかだと、お膳の一番奥に刺身置くから『
「さすがに陽平さん、やっぱ物知りだよねー」
和樹に褒められて、陽平は上機嫌になる。
「まだまだ話せることあるけど、聞く?」
「いや、聞かない。てか、俺には多分理解できないと思う」
「ま、そうだよね…」
陽平が少ししょげた顔をする。そのまま陽平は刺身を引いていく。包丁で柵に対して横向きに数本切れ込みを入れ、その後で柵を少し厚めの平造りに引く。
「和樹、ちょっと見てごらん?」
「ん?」
和樹が陽平の脇から顔を出す。
「こうやって真ん中に切れこみ入れる切り方をするのが、松皮造り。ほら、皮目が松の樹皮に似てない?」
「まぁ、確かに…」
和樹が微妙な顔をする。
「『あんまり似てないだろ』って思ってんだろ?」
「というより、松の樹をしっかり見たことない」
「マジか。ま、とりあえず一枚食べてみ?」
まな板の上に和樹が手を伸ばし、刺身を一枚つまむ。そのままモグモグと口を動かす。
「どうよ?」
「…醤油が欲しい」
「そこー?」
陽平が困惑する。
「でも、皮の方噛むといい味がするね」
「でしょでしょ? 皮が口に残りすぎないように、こういう切り方してんの」
「へぇー、ちゃんと意味があるんだね」
和樹はどこからか醤油を持ち出してきて、また一枚、醤油をつけて刺身を食べる。
「うん! やっぱり刺身はこうでないと」
和樹が満足気な表情を浮かべる。
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