十二膳目 「鯛皮の湯引きポン酢」

 「ねぇ、陽平さん、これ捨てていいの?」

 そう言って、和樹が鯛の皮をつまみ上げる。先ほど刺身を引く時に出た皮を、陽平がまな板の端に置いてあったのだ。

 「ダメ!」

 生ごみ入れに入れようとするのを、咄嗟に陽平が止める。

 「え? 何でよ。これゴミじゃないの?」

 「それが、次の料理の食材」

 「は?」

 和樹がポカンと首を傾げる。

 「その鯛の皮使って、次の料理作るの」

 「陽平さん、それマジで言ってる?」

 和樹はまだ半信半疑といった感じだ。

 「それだけじゃまだ皮足りないから、他の柵も皮引いちゃおう。和樹、一本やってみなよ」

 「えー、俺にできるかなぁ?」

 「大丈夫。俺がちゃんと教えるから」

 陽平が和樹に強引に包丁を握らせる。

 「いつも使ってる包丁より重いと思うから、気をつけて」

 「うわっ、少しずしっとくるね。それに長い」

 「柳包丁って言って、刺身を引く専用の包丁。一回で引き切れるように、刃渡りが長くなってんの」

 「へぇー」

 「片刃だからほら、断面がV字じゃなくて斜めになってるでしょ?」

 「ホントだー」

 「じゃ、始めるよ。刃が左向くように包丁握って」

 「うん。わかった」

 「親指を刃の側面に添える感じで、人差し指は峰に添える感じ。その他の指で柄のとこ握って」

 「『みね』ってどこ?」

 「包丁の刃と逆側の上のとこ」

 「こ、こんな感じ…?」

 ぎこちなく和樹が包丁を構える。

 「そう。合ってる」

 「この後どうすればいいの?」

 「目の前の切り身で、どっちが尻尾側かは分かるよな?」

 和樹の横から、陽平が鯛の柵を指差す。

 「うん、細くなってる方がそうだよね?」

 「正解。そっち側から頭の方に向かって皮をはがしていくの」

 「ホントに俺にできんの?」

 「少し尻尾の方の皮に切れこみが入ってるの分かるか?」

 和樹にやらせる用に、陽平が予め切れこみを入れておいたのだ。

 「う、うん」

 「そこに包丁入れてみて」

 「わ、わかった。次はどーすればいいの?」

 「皮がたるまないように左手で持ちながら、包丁で皮をはがしていくって感覚かな」

 「え、ちょっと待って? 訳分かんなくなってきたんだけど」

 慣れないことに和樹が少し動揺している。その姿を見ながら陽平が楽しげに笑う。

 「とりあえず、包丁を持ってるね?」

 「うん」

 「それを、刃先をまな板にこすりつけるような感覚で、親指と人差し指に力入れてみて」

 「こんな感じ?」

 「そう。力入れすぎると皮切れちゃうから気をつけてね」

 「わかった」

 「それで、皮の端っこをキッチンペーパーで掴みながら、ジグザク皮を引っ張りながら進めていく感じ。包丁はあまり動かさなくて大丈夫」

 「こ、こんな感じ…?」

 「そう。上手。なるべく皮に身が残らないようにね」

 皮を引く和樹の背後に陽平が立ち、ぎこちない和樹の手助けをする。が、和樹の方が背が高いので、陽平は和樹の脇からちょこっと顔を出す感じで和樹の手元を見ている。

 「えー、やっぱ上手くいかないよ」

 「大丈夫だって」

 その時、和樹が引いていた皮がプツリと切れた。

 「あっ、」

 「やっぱやっちゃったかぁー」

 陽平が苦笑する。失敗して和樹が少し拗ねている。

 「やっぱ俺にはムリだったんだよー」

 「はいはい、お疲れさん。後は俺がやるから」

 和樹から包丁を受け取り、陽平が柵の反対側から再び皮を引き始める。

 「はい、できた」

 そう言って陽平が柵の表裏をひっくり返す。柵の半分辺りで、くっきりと赤いV字の模様が消えていた。

 「いやー、やっぱ陽平さんには敵わないわ」

 「理想は、赤い模様に加えて銀皮まで残すことなんだけどね」

 「ぎんがわ?」

 「表面に銀色のまだら模様が少し残ってるでしょ」

 「あー」

 「さ、これを湯引きにしてポン酢で和えるよ」

 そう言って陽平は鯛の皮に塩と酒を振り、それを煮えたぎった湯の中に入れる。三十秒ほどですぐに取り出し、氷水の入ったボールの中で完全に冷ます。

 皮が完全に冷めてから流水でぬめりや残っていた鱗などを洗い流し、それを細切りにしていく。

 「はい、和樹頑張ったから先に少し味見していいよ。ポン酢かけてね」

 細切りにした鯛の皮を少し小皿に盛り、それを和樹に手渡す。

 「へぇー。コリコリしてて、鯛の皮ってこんな感じなんだね。美味い」

 食べたことのない食材に、和樹は興味深げな顔で口を動かしている。

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