八膳目 「空豆のもち粉揚げ」
「さ、アレこっちにちょーだい」
「はいよ」
和樹が陽平にあられの入った袋を手渡す。中のあられは、粉になるまで粉々に砕かれている。
「まさか、あられが料理用だとは思わなかったわ」
「本当は『ぶぶあられ』使うのがいいんだけどね。市販ではまず売ってないから」
「なにそれ?」
「京都人が大好きなぶぶ漬けに入ってるやつ」
「あれ言っとくけどウソだからね。実際そんな話聞いたことないし」
「わかってるって。で、お茶漬けの素にちっちゃいあられみたいなの入ってるじゃん? あれのこと」
「あー、何か見覚えあるわ」
「でしょ? あのちっちゃいあられを粉になるまで砕くの」
話しながら、陽平はあられの粉をバットの上に広げていく。
「マジであられ砕くの結構疲れたんだけど?」
「高々あられ一掴みやったぐらいで文句言うな」
「だってー」
「ほら、和樹は卵の卵白と黄身分けて」
有無を言わさず、陽平は和樹に卵を持たせる。
「まだやるのー?」
「たった二玉じゃん。ペットボトル使っていいから」
和樹は嫌々ながらも、卵を割り、空のペットボトルを使って卵白と黄身を分けていく。
「はい、終わった」
「ありがと。さすがにもうこれ以上頼んだら怒るよね?」
「怒る」
「もう頼まないから大丈夫。そこ、座ってていいよ」
陽平が台所の隅の踏み台を指差す。ミキサーを取り出す時、和樹が乗っていたものだ。和樹は大人しくそこに腰を下ろす。
「あー、もう俺使えないー」
「あーのなぁ、俺昔は雑用であの作業延々とやらされてたんだぞ」
「どれくらい?」
「海老芋をもち粉揚げにすることが多かったから、もの凄い量やらされたよ。一気に30人前とか」
「うっわ。俺なら逃げるわ」
「しかも粒が小さいから砕きにくくてさ。金槌で砕いてたよ」
そう言って陽平が金槌を打つ真似をする。
「そんなことばっかしてたの?」
「昔は雑用しょっちゅうやらされてたね。まぁ、実際俺その時からかなりできたし」
「で、今日はそれで何作るの?」
和樹は陽平の自慢をさらりと受け流す。
「空豆をもち粉揚げにするよ」
「ふーん。卵は何に使うの?」
「空豆に卵白をつけて、そこからもち粉をまぶすの」
その言葉通りに、陽平は分けた卵黄の方は調理台の隅に置いたまま、卵白の方を割りほぐしている。
「卵黄は?」
「まだ使い道決めてないけど…。焼いてサラダに混ぜようかなぁと思ってたけど」
「もらっていい?」
「何すんの?」
「焼いて食べる」
そう言うと和樹は立ち上がり、おもむろにフライパンを火にかけた。
「まぁ…、好きにしな」
「そうするー」
ふと和樹が陽平の方を見る。陽平は何やら見慣れない作業をしている。布の中に卵白を入れ、絞り出しているようだった。
「ねぇ、それ何してんの?」
「布で卵白こしてんの。こうするとキレイに衣がつくんだよ」
「へぇー」
こし終わった卵白の中に塩茹での空豆を入れ、そのままバットの上でもち粉をまぶしてしく。
「和樹、手前のコンロ使うから空けて」
黄身だけ焼いていたフライパンを、陽平が隣のコンロにどける。入れ替わるように、そこにさっき使っていた油の小鍋を置いた。
いくつか出来上がると、陽平はその油の中に空豆を入れていく。
生物を揚げているわけではないから、火の通りは早い。さっくり仕上げるために、高温で手早く仕上げていく。上下をひっくり返し、空豆から出てくる泡が小さくなったところで、陽平は油から上げた。
「さ、和樹の口に合うかどうか」
陽平がもち粉揚げの皿を和樹の前に置く。和樹は呑気に焼き上がった黄身を食べているところだった。
「食べていいの?」
「『ダメだ』って言っても食べるくせに」
その言葉を聞いて、和樹がもち粉揚げに箸をつける。
「どう?」
「…カリカリしてて、美味しい!」
「味薄い?」
「まぁ、少し塩味がするだけかな」
陽平も一つ食べてみる。
衣を噛むと、段々とホクホクとした空豆の食感が口に広がっていく。手早く仕上げたおかげで、衣が油を吸い過ぎず軽い食感になっている。肝心の味も、空豆本来のほろ苦さが残っていてすこぶる美味だ。
満足げに咀嚼する陽平の横で、和樹が不満げな顔をしている。
「やっぱ少し薄くない? 何かつけて食べようよ」
「いや、このままで充分」
「絶対そんなことないってばー」
和樹の不服そうな声が、台所に響く。
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