五膳目 「空豆の真丈風」
「サラダはお気に召しましたか?」
「うん、めっちゃ美味い!」
洗い物をする陽平の横で、和樹はまたつまみ食いをしている。
「和樹、何か果物みたいな味しない?」
焼き空豆を作っていたので、和樹はマーマレードを入れたところは見ていない。興味本位で、陽平は和樹の味覚を試そうと思ったのだ。
「うーん、あんまり」
「ハハハ、やっぱり、和樹の鈍感な舌じゃ分からないかぁー」
陽平の笑い声が台所に響く。
「で、何入れたの?」
バカにされて、和樹は頬を膨らませている。
「オレンジ。隠し味にマーマレード入れてんの」
「へー」
虫の居所が悪い和樹の反応は薄い。
「それ元々はマーマレード使うレシピじゃなかったんだけどね。ミントとマーマレードなら相性いいし、肉料理に酸味があるジャムってのも鉄板だから、イケるんじゃないかなぁ、と思って」
「……まさか、一度も味見せずに作ったの⁉」
「まぁ…、失敗しないだろうと思って」
「俺を実験台にしたんでしょ?」
「それは…、まぁ、ほら、美味しかったんだからいいじゃん。さ、次の料理作っていくよ」
「あっ、陽平さんごまかした」
「次は和食に戻って
追求しようとする和樹を、陽平がのらりくらりとかわす。単純な和樹なら、どうせすぐ忘れると思っているのである。
「『しんじょう』って?」
「生魚のすり身のこと。蒲鉾とかの原料だね」
「へぇー」
「まぁ今日は手抜きして、はんぺん使っちゃうから『真丈風』だね」
「はんぺん冷蔵庫から出す?」
「うん、お願い。それと卵も出して」
「はーい」
陽平から言われた通りに、和樹がはんぺんと卵を調理台の上に置く。
「ありがと。これは俺一人で作れるから、和樹には他の料理の下ごしらえお願いしようかな」
「何すればいいの?」
「アレ、砕いて」
陽平が背後の調理台に置かれた袋を指差す。
「えっ、アレって料理に使うの?」
「そうだよ。チャックつきの袋に入れて、粉になるまで叩いて」
引き出しからめん棒を取り出し、それを和樹に手渡す。
「えー、めんどくさい」
「いーから、やって」
和樹に仕事を言いつけ、陽平は再び真丈作りの戻る。
ボールに入れたはんぺんを、滑らかなペースト状になるまで手で潰していく。完全に潰れたら卵白を加え、ゴムベラで更に練り合わせる。途中で細かく切った空豆の塩茹でも加え、まんべんなく混ざり合ったところで、陽平は手を止めた。
「和樹、真丈味見するー?」
「する!」
「はいはい」
陽平は小鍋を取り出し、その中に油を注いでいく。それを火にかけ、温まった頃合いで丸に成形した真丈を油の海に落としていく。両手に持ったスプーンを使って真丈を丸めていく陽平の手つきは速い。
ものの一分ほどで三、四個丸を作り終えると、陽平はスプーンを菜箸に持ち替え、油の中の真丈を転がしていく。ジューという音を立てながら、白っぽかった真丈が段々と黄金色に色づいてくる。中まで火が通ったのを確認すると、コンロの火を止め、陽平はキッチンペーパーを敷いた皿の上に真丈を取り出した。
「はい、できたよー」
「えっ、もう食べていいの?」
「やけどしたいならどーぞ」
「陽平さんそんないじわる言わないでよぉー。俺ちゃんと言われたことやってるのに」
和樹が少し涙目になる。
「ほーら、半分に割ったからこれでもう食べれるだろ」
「ありがとー」
陽平から箸を受け取り、和樹は出来立ての真丈をゆっくりと口に運ぶ。
「出汁の中で煮て、汁仕立てにする調理法もあるんだけどね。汁物は別の考えてるから、今日は油で揚げる方法に」
「まだあふいけど、おいひいよ」
「分かったから、食べるか話すかどっちかにしてくれ」
口の中の真丈を飲みこみ、もう一度和樹が話し始める。
「フツーに美味いよ。味もしっかりしてるし」
「お前、俺がメシ作るようになってから、段々言うこと生意気になってきたよな」
「えー、そんなことないよ」
「ちなみにそれ、一切調味料使ってないぞ」
「ホント?」
「今和樹が言ってる味ってのは、空豆とはんぺんの元々の味。練り物って結構味がしっかりついてんだよ」
「へぇー」
「はい、味見終了!」
そう言って陽平は和樹から箸を取り上げる。
「陽平さんは味見しないの?」
「食べなくても想像つくからいーよ。和樹、次の料理でミキサー使うから出しといて」
「はーい」
和樹が台所の隅から踏み台を引っ張ってきた。その踏み台に乗り、調理台の上の戸棚を開ける。
その下で、陽平がまた次なる料理の支度を始めている。
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