三膳目 「空豆の塩茹で」

 和樹を買い物に行かせ、静かになった台所で陽平は空豆の下ごしらえをしていた。

 ぶつくさ言いながらも和樹が手伝ってくれたおかげで、もうあらかたのサヤから豆が取り出されている。追加で作る焼き空豆用に、サヤのままよけたのも調理台の隅に置いてある。

 空豆がむき終わると、陽平は大きめの鍋一杯の水を沸かし始めた。鍋を火にかけている横で、むき終わった豆に包丁を入れていく。豆の頭の部分にある茶色い筋の部分に、切れこみを入れていくのだ。こうすることで、茹で上がった空豆がむきやすくなるなるのである。

 陽平は筋と平行に、「ノド」と呼ばれる包丁の刃元の角を使って一粒一粒に切りこみを入れていく。筋の手前側にノドの部分を刺し、そのまま奥へ刃を寝かせるように筋の最後まで包丁を入れるのだ。この後に作るほとんどの料理が一度茹でた空豆を使うため、陽平は大きなボール一杯に入った空豆全部に包丁を入れていく。

 その作業をしている途中で、買い物に行っていた和樹が帰ってきた。

 「だだいまー」

 「おう、お疲れ様」

 「今何してるの?」

 「これから塩茹でを作るとこ」

 そう言って沸騰してきた鍋に陽平が塩を入れる。

 「おー、それも美味そう」

 「さ、空豆全部茹でるよ」

 「さすがにこんだけ量あると給食みたいだね」

 「こっからは時間勝負だよ」

 「そうなの?」

 「茹で時間で味が変わっちゃうからね」

 「あーなるほど」

 「とりあえず和樹は買い物してきたもの冷蔵庫にしまっちゃって。常温で大丈夫なものは俺の後ろの調理台に」

 手が離せない陽平は、そう言って顔だけ背後の調理台に向ける。

 「わかった」

 和樹に指示を出し、陽平は煮えたぎる大鍋の前に陣取った。一抱えはありそうな雪平ゆきひら鍋である。頃合いを見て、陽平はむき終わった空豆を一気に鍋に入れた。くすんだ深緑だった空豆が、パッと鮮やかな黄緑になる。茹でずに調理する分を別に分けてあるが、それでもかなりの量である。

 「和樹、三分タイマーで計って!」

 そう言い終わらぬ内に、陽平は大きめのザルを流しに置く。

 「はぁーい」

 流しにザルを置くと、陽平は大鍋の前に取って返す。長い菜箸を使って、火の通りが均一になるよう確かめつつかき回していく。陽平の動きは機敏だ。

 「はい、三分経ったよ」

 「オッケー」

 陽平が鍋の中から一粒取り出して火の通り具合を確かめる。

 「よし、ザルにあげるよ!」

 コンロの火を止め、陽平が大鍋を持ち上げる。流しの上で大鍋を少しずつ傾けていき、ザルの上に茹であがった空豆を落としていく。

 「水で冷やさないの?」

 「いや、『おかあげ』にする」

 「おかあげ?」

 「余熱でこのまま冷ますこと」

 「へぇー、それおかあげって言うんだ」

 「いつもブロッコリー茹でる時もそうしてるじゃん」

 「いや、俺食べる専門だから気にしたことなかったわ」

 「このまま盆ザルに広げて冷ませば、豆にシワが寄らなくてキレイに仕上がるんだけど、まぁ味はそんなに変わらないからいっか」

 「そうそう、お腹に入っちゃえば皆一緒」

 「もっと他に言い方があるでしょ」

 「え、でも間違ってないじゃん?」

 「まぁ…、そうだけど。和樹、味見してみる?」

 「うん、食べたい」

 「やけどしないようにね」

 「俺子供じゃないんだから大丈夫だって!」

 頭の中は子供同然だろ、って言葉が陽平の喉元まで出かかる。が、陽平はそれをグッとこらえていた。

 その横で、何も知らない和樹が茹でたての空豆を頬張っている。

 「塩加減は?」

 「うん。熱いけど味はちょうどいい」

 「おいしい?」

 「うん、いつも食べる空豆と同じ味がする」

 何の変哲もない和樹の感想に、陽平はため息をつく。

 「陽平さん、俺が食レポ下手なの知ってるでしょ?」

 「いや、そうだけど、もっとこう、他に言うことあるでしょ?」

 「俺にはムリ!」

 陽平が頭を抱える。

 「ね、陽平さん、他の空豆料理も食べたい!」

 空豆の塩茹でも和樹の口に合ったのだろう、目を輝かせながら陽平の方を見ている。

 「はいはい。今作るから待ってて」

 陽平はまた一つ、大きなため息をつきながら、次の空豆料理を作り始めるのだった。

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