第37話 包囲殲滅陣
カイルから提示された作戦。
それは中央が持ち堪えている隙に右翼と左翼が前線を押し出し、孤立した中央を三方から囲み袋叩きにするというものだった。
『こいつは包囲殲滅陣と呼ばれる、古典的な戦術だ。大昔から使われてるだけあって、効果は折り紙つきだ』
「大丈夫なの!? 包囲しようにも、数で負けてるんだけど……」
エクリが不安気な声を漏らした。
通常、包囲陣形は数が優勢な側が用いる戦術だ。
普通に考えて、数に劣るこちら側が取れる戦術ではない。
『全部囲めって言ってるわけじゃない。中央だけ囲んで各個撃破しろって言ってるんだ』
「でも……」
『来たぞ』
抗議する間もなく、陣形を整えたデストラーデ海賊団が一斉になだれ込んできた。
『ドローンを展開。自動迎撃モードに移行します』
シシーが右翼、左翼、中央にドローンを布陣させる。
『要するに、目の前の敵を蹴散らせばいいんだろ?』
左翼を率いるライが海賊に攻撃を開始するのだった。
戦端が開かれてから、二時間が経過した。
シシーとライが再三に渡り攻勢を仕掛けるも、右翼と左翼の突破は困難を極めていた。
それどころか、敵の攻勢に押され徐々に前線が押し上げられていく。
「右翼と左翼に援軍を……ううん、ここを抜かれたら、後がない……」
その時、船体に鈍い衝撃が走った。
「ちょっ、なに!?」
『奇襲を受けています。おそらくは姿を消したデストラーデによるものと思われます』
シシーが戦況を分析すると、画面上に損傷のデータが表示された。
先ほどの奇襲でシールドを大きく削られ、船体にも損傷を負っている。
押されている。圧倒的に、敵の火力が高すぎるのだ。
これほど戦力差があっては、敵を押し返して包囲などできるはずがない。
『現状の戦力では作戦の続行は困難です。作戦の見直しを進言します』
「……待って」
敵の勢いは強い。だが、その勢いを逆手に取れないだろうか。
中央がわざと後退して敵をおびき寄せれば、右翼左翼中央で、三方から逆包囲を完成させられるのではないか。
「……………………」
簡単な策ではない。だが、やってみるだけの価値はありそうだ。
「……撤退するわよ!」
エクリ率いる中央が徐々に撤退を始めると、ライが抗議した。
『ちょっ……逃げるのかよ、ここで!』
『いいえ。これは──偽装撤退です』
エクリ率いる中央に攻勢をかける海賊たちは、勢いに任せて侵攻を続けていた。
兵力も勢いも海賊側に傾いており、もはや戦いは追撃戦の様相を呈している。
海賊船内で下卑た笑い声が響いた。
「ギャハハ、撃て撃て!」
「臆病者のケツに穴開けてやれ!」
「お頭がデカイの
海賊の一人がレーダーを見て、ポツリとこぼした。
「……つーか、前出すぎじゃね? 俺たち」
右翼と左翼が持ち堪えている間に中央が偽装撤退することで、突出する敵を中央に誘い出し、右翼、左翼、中央の三軍でこれを叩く。
これがエクリの立てた包囲殲滅陣だった。
敵中央を誘い込むと、ドローンを出撃させる。
「今よ! アンチシールドで丸裸にしちゃって!」
『了解しました。アンチシールド装置を起動します』
ドローンの周囲で、敵味方問わずシールドが溶けていく。
味方の防御力もゼロにする苦肉の策だが、今海賊に最もダメージを与えることができるのは、これしかない。
「全艦撃てーっ!」
エクリの号令の元、100隻の船と400基のドローンが一斉に敵中央に攻撃を仕掛けた。
海賊に混乱が広がっていく。
「ちょちょちょ! なんでシールドが溶けてんだよ……!」
「あいつら……まだこんだけ力残してたのかよ……」
「マズいって、これは……!」
一隻、二隻、三隻。爆発と共に、次々と海賊船が撃沈していく。
爆発が爆発を呼び、飛び散った船体の破片(デブリ)がさらにダメージを与えていった。
次々と爆発する海賊船を眺め、ライがポツリとこぼした。
『やば……連鎖してんのかよ、これ……!』
『通常、こうした艦戦では、味方同士は適正な距離を保ちつつシールドを張ることが推奨されています。しかし、今回は攻め手が一カ所に集中しており、同時にシールドを無効化されたため、誘爆が発生しているのです』
シシーの説明に頷くライ。それとは対象的にエクリがフフンと薄い胸を張った。
「仕組みはよくわからないけど、勝てるなら結果オーライよ!」
『ですが、敵に側面を突かれた右翼、左翼は大きく消耗しています。また、開戦時400基あったドローンも残り100基を下回りました。これ以上の継戦は困難です』
シシーの言うことももっともであった。
これほどの打撃を与えたのだから、戦果としては十分である。
「…………今度こそ撤退するわよ! 全船、アナザーヘブンに帰投して!」
エクリの号令の元、すべての船が宇宙要塞に退却を始めるのだった。
アナザーヘブンに入るも、海賊船に包囲されていた。
イカロスで応戦するも、戦いは防戦一方となっていた。
砲撃に晒され要塞に振動が走る。
「おいおい、大丈夫なのかよ……。実質ハリボテだろ、この要塞は!」
「わかってるわよ! でも、他に逃げ場なんて……」
『いや、それで正解だ』
通信越しにカイルが話に割って入った。
『俺たちはコイツがハリボテだってわかっているが、敵はそんなこと知らないからな。突然現れた宇宙要塞なんか、警戒しないわけがない。
……現に、敵は本格的な攻勢に出ていないだろ。こっちを包囲してる、圧倒的に有利な状況だってのに……』
俺の説明にライが薄ら笑いを浮かべた。
「ハッタリかますのかよ、この大一番で……」
『大一番だからだ。使えるモノはなんでも使う。……今までだって、俺たちはそうしてきたはずだ』
「カイル・バトラー……」
『それと、お前たちが時間稼ぎしてくれたおかげで、こっちもやることが終わった』
船外に脱出するエクリやライとは別に、俺は一人アトランティスに残っていた。
「マニュアルのインストールやら船の起動にアホみたいに時間がかかったが、おかげで完全に敵の意識外だ。……この奇襲、120%通るぞ」
俺は操縦桿を握ると、アトランティスで一斉射撃を始めるのだった。
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