第31話 ヤブ医者

 機関士として潜入するカイルやエクリとは別に、ライは医師としてデストラーデ海賊団に潜入していた。


 医者であればどこに行っても重用されるだろう。


 そんな思惑で医者を名乗ったのだが、やってくるのはアルコール依存症の海賊ばかりであった。


ライア・・・先生……仕事中に呑んでたら、酒を没収されちまったんですよ!」


「なるほど……。それは困りましたね……」


「俺ァ……酒がないと手が動かねェんだ……。お願いだ、先生、なんとかしてくださいよォ!」


 カルテ風の紙を用意すると、サラサラと記入していく。


「では、消毒用のアルコールを処方しましょう。どうしてもガマンできなくなったら、これを飲んでください」


「先生……!」


 地獄に仏を見たような顔で、海賊が笑みを浮かべる。


 何度も礼を言って海賊があとにすると、見慣れた顔がやってきた。


「うまく騙せているみたいだな、ペテン師」


「げっ、カイル・バトラー……」


 天敵の出現に、ライの顔が引きつる。


「…………何しに来たんだよ」


「お前の力が借りたい」






 噂の名医からの頼みに、モヒカンの海賊が顔をしかめた。


「通信室を使いたいだって?」


 ライが神妙な顔で頷く。


「帝国国内で新種の感染症が増えているらしくてね。……念の為、調べておきたいのですが……」


「しかしなぁ……」


 モヒカンが渋っていると、下っ端と思しき海賊が口を挟んだ。


「いいじゃねぇですか。先生の頼みなんだ」


「そうそう、先生の頼みとあっちゃあ、断れねェよ」


「…………お前たちがそう言うなら……」


 下っ端に押され、モヒカンの海賊は渋々了承するのだった。






 無事、通信室に入ることに成功すると、その場にウィンドウを出現させナノマシンを回線に繋げていく。


「オレのおかげでここまで漕ぎ着けたんだ。……もちろんボーナスは弾んでくれるんだろうな?」


「いいだろう。あとで報酬を出そう」


「っしゃ!」


 ライが小さくガッツポーズをする。


 ウィンドウを操作する俺の手元を覗き込み、ライが首をかしげた。


「……で、これは何やってるんだ?」


「これだけ厳重に通信環境を管理してるんだ。……まず間違いなく、内容を傍受されるとみていいだろう」


「ウソだろっ……。じゃあどうするんだよ」


「通信を暗号化する」


「できるのか!? そんなことが……」


「スキルはある。だが、暗号化するためにはコンピューターが必要だ」


 暗号化には膨大な演算処理を必要とするため、追加のCPUが必要だ。


 俺の体内にあるナノマシンを使ってもいいのだが、1700億個程度ではまだ足りない。


 第一、俺のナノマシンをフルに使っては、シシーとの会話に支障が出る。


 俺の説明を聞いて、ライが苛立った様子で吐き捨てる。


「マジかよ、クソっ、ねぇもんかな……都合よくコンピューターでも……」


「何を言っている。あるだろ、すぐ目の前に」






 ライのナノマシンを乗っ取ると、ライを介してシシーに通信を試みる。


「シシー、応答してくれ」


『お久しぶりです、カイル』


 久方ぶりのシシーとの会話。挨拶はそこそこに本題に入った。


「現在地の特定し、自由に使える通信網を構築したい。……できるか?」


『この通信を逆探知すれば、カイルの現在地を特定できます。逆探知を開始しますか?』


「……いや、俺たちがいるのは宇宙空母だ。ここを逆探知したところで、目標が移動するんじゃ意味がない」


『……しかし、逆探知以外に現在地を特定する有効な手段はありません』


「あるさ」


 テレビ通話の向こうでシシー首をかしげた。


「シシーには、あるものを追跡してほしい」






「洗剤がほしいだと?」


 デストラーデを含む海賊の上層部たちを前に、俺が頷く。


 正確には塗料を落とす有機溶剤が欲しいのだが、訂正するのも面倒だ。


 俺はそのまま話を続けた。


「船の塗料が古くなっていたんでな。塗り替えるには、まず古い塗料を剥がさなきゃならん」


「だからって、こんなにたくさん……」


「そもそも、塗料が古いからなんだってんだ。装甲に穴が空いたわけじゃねぇんだから、いいだろ、そんぐらい」


「塗料を新しくした方が、船を長持ちさせられるんだ。サビや放射線も防げるし、古い塗料だとステルス性能も落ちる」


 デストラーデの眉がぴくりと動いた。


「あのなあ、多少古いくらい、別に……」


「……それがありゃ、船の性能が上がるんだな?」


 突如口を開いたデストラーデに、海賊たちが目を見開いた。


「えっ!?」


「お、お頭!?」


 驚く海賊たちをよそに、俺が続ける。


「……塗料を新しくすれば、な。だがその前に、まずは古い塗料を落とさなきゃならん」


「ハッ……そんなことはどっちでもいい。性能が上がるってんなら、万々歳だ」


「それじゃあ……」


「大至急、用意しろ」






 二週間後。


 機関場に大量に運び込まれる洗剤の山を前に、親方が眉をひそめた。


「…………なんだ、これは……」


「それが、カインのやつがデストラーデ様に掛け合って、大量に注文したみたいで……」


「多すぎんだろ、いくらなんでも……」


 ゴリとサルが呆然とつぶやく。


 一方、事情がわかっていないエクリは大量の洗剤を前に感嘆の声を漏らしていた。


「うわぁ……こんなに沢山……」


「取り扱いには注意しろよ。ヘタに吸い込んだら肺傷めるし、手ェ突っ込んだら皮膚がただれる」


『万が一吸い込んでしまった場合、速やかな解毒と医療機関への受診を推奨します』


 どこからか聞こえてきたシシーの声に、慌ててエクリが辺りを見回した。


「えっ、なんでシシーの声!? 連絡取れないんじゃなかったの!?」


 事態が呑み込めていないエクリに、俺は搬送中のドラム缶を指差した。


「コイツはマイナーな洗剤でな。帝国でも一社しか生産していないんだ。だから、コイツの注文から発送まで追跡すれば、おのずと俺たちの位置がわかる」


「で、でも電波は? 元々通信できないんじゃなかったの!?」


 この場所は星系の中心部から離れてるだけあって、電波も届きにくい。


 そのうえ、一般(モブ)海賊に通信されることを嫌ったのか、船内は基本オフラインとなっている。


 唯一外界と繋がることのできる通信室もデストラーデの支配下にあるため、通常であれば外部との連絡はとれないのだが……


「この船の近くにWi-Fiの中継器を置いてもらった」


『W1からW64までのドローンの展開を完了しました。海賊の拠点から一般回線までのルートは構築済みです』


「じゃあ……」


「ああ。こっからは好きなだけ通信し放題だ」


 シシーと連絡が取れるということは、シシーを介して外界に干渉することができることを意味する。


 ハッキングや情報の解析にシシーの力を借りられるのもあり、作戦が大幅に進展するのは間違いない。


「支払いの期限はあと一週間だ。それまでにデストラーデを攻略するぞ」


 俺の宣言にエクリがしっかりと頷くのだった。

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