第28話 搦め手

 冒険者ギルドにやってくると、エクリと共に掲示板を覗き込んだ。


 俺、エクリ、ライに加え、今回は一度に100隻もの船を運用できる。


 これはそこらのクランに引けを取らない規模で、大抵のクエストであれば容易にクリアできるだけの戦力だ。


 そのため、多少の危険を覚悟で報酬の高いクエストを探していた。


「ええと、こっちが10万で、こっちが12万……」


「小惑星の調査に、資源衛生の採掘……。どれもシケてるな……」


 掲示板に載せられたクエストの多くが、日給1万から10万ゼニー。これでは、期日までに利息の支払いをすることができない。


(あと3週間……。それまでに、金になるやつがあれば……)


 掲示板をくまなく観察していると、一枚の手配書を見つけた。


「これは……」


 デストラーデ海賊団の頭領、デストラーデ。懸賞金は5億ゼニー。


 この辺りでも類を見ない高額の賞金首だ。


 しばらく眺めていると、一緒に掲示板を見ていたエクリが顔をしかめた。


「そいつはこの辺りを騒がせている大物海賊ね。でもやめておいた方がいいわよ」


「なぜだ」


「海賊のくせにアホみたいに強いからよ。

 冒険者や警備隊を何度も返り討ちにしてるし、規模だってちょっとしたクラン並み。帝国軍だって手に余るようなヤツよ。

 とてもじゃないけど、今のあたしたちじゃ……」


 海賊狩りに目がないエクリがこうも消極的ということは、それほど危険な相手なのだろう。


 だが、それを抜きにしてもこの報酬はあまりにも魅力的だ。


 海賊の頭領が5億ゼニーに、配下の者も千万単位の賞金首がゴロゴロいる。


 クラン並みの規模ということは100単位の船と人があることを意味している。


 これらをすべて換金すれば、相当な金になるはずだ。


「……シシー、お前はどう思う」


『帝国データベースの情報を閲覧します。……デストラーデ海賊団は駆逐艦と巡洋艦を300隻程度保有しているとみられ、構成員はおよそ1000人はいるものと思われます。

 ……結論から言えば、現状カイルの持つ戦力での撃破は困難となるでしょう』


「そうか……」


 エクリに続きシシーまでそう言うのであれば、間違いないだろう。


『……ですが、私は信じています。カイルならば、どんな障壁も乗り越えられると』


「シシー……」


『カイルにはどんな困難も打ち破れる知恵と勇気があります。たとえ相手が大規模艦隊を持っていたとしても、カイルの敵ではないでしょう』


 普段は口数の少ないシシーが、彼女なりに勇気づけてくれているのか。


「……ありがとう、シシー……!」






 冒険者ギルドを出てアナザーヘブンに戻ると、通路を走る何者かにぶつかった。


「んがっ……」


 俺にぶつかった男はゴロゴロと通路を転がり、その場に倒れ込む。


「大丈夫か……って……なんだ、ペテン師か」


 俺の顔を見るなり、ライが舌打ちする。


「面倒なやつに見つかっちまったな……」


「……なに?」


「い、いや……じゃあ、オレは先を急ぐんでな」


 足早に去ろうとするライを、エクリが呼び止めた。


「ん? 何か落としたわよ?」


 カードのようなものを拾うと、エクリが目を見開いた。


「これ……帝国のIDカードじゃない。ダメでしょ、こんな大事なもの落としたら……」


「待て」


 そのまま返そうとするエクリを制し、カードを奪う。


「……名前が違うな。偽造IDか」


「なっ……!」


 改めてカードを眺め、エクリが目を丸くする。


 IDカードは帝国における公的な身分証明書で、冒険者ギルドを始め、多くの公共施設で使われるシロモノだ。


 当然、IDの偽造は犯罪であり、見つかれば一発で実刑判決を言い渡される。


 そんなキケンな物を用意し、急いでここをあとにしようとしていたのなら、答えは一つしかない。


「まさか……一人で逃げるつもりだったの!?」


 エクリが信じられないといった様子で声を荒らげた。


「仲間だと思ってたのに……なんて薄情なヤツなの……!」


「ファック……! だから見つかりたくなかったってのによ……」


 エクリに非難され、降参するように手を上げるライ。


 まだ怒りが収まらないのか、エクリが俺の袖を引っ張る。


「ほら、アンタも何か言ってやりなさいよ!」


「でかしたぞ、ペテン師」


「…………は?」


「えっ!?」


 状況が理解できていないのか、エクリとライの目が点になる。


 そんな二人を尻目に、偽造IDをライに見せつけた。


「こいつを今すぐ人数分作れ」


 俺の言葉に、エクリの瞳が不安げに揺れる。


「まさか、アンタも逃げる気……!?」


「誰が逃げると言った。さっき話をしたばかりだろ、デストラーデ海賊団を狩るって」


 ライの偽造IDを手の中でくるくると弄ぶ。


「だが、敵の戦力はこちらより上。正攻法で勝てるか厳しい相手だ。……それなら、搦め手から攻めるしかないだろ」


 俺の作戦を察したのか、エクリとライの顔が青ざめていく。


「おいおい、それって……」


「すっごくイヤな予感がするんだけど……」






 星間交易を行なう商船、ダゴダ号。


 商品と旅客を運ぶこの船は、現在、別星域に移動するべく、ワープゲートに向かっていた。


 順風満帆な航海をしていると思われたダゴダ号だったが、突如として海賊に襲撃された。


 護衛にあたっていた冒険者が応戦するも多勢に無勢。勝敗が決すると、冒険者はたちまち逃げだしてしまった。


 孤立無援となった船内に海賊たちが乗り込んでくると、乗客たちに銃を向けて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ギャハハハ、この船は今からオレたちのモンだ!」


「殺されたくなきゃ、おとなしく言うこと聞きな!」


 銃を向けられ、渋々金目のものを出す乗客たち。


 また、捕まえた人間は利用価値が高く、身代金目的の人質。人身売買など、海賊行為による収益の一端を担っている。


 そのため、捕まった乗客たちは海賊相手に簡単な自己紹介をさせられていた。


「おい、お前。名前は?」


「俺はカイン・・・。機関士をやっている」


 そう言って、俺は偽造の帝国IDカードを見せるのだった。

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