第26話 たった一つの冴えたやり方
AI搭載宇宙船イカロスが完成すると、さっそくエクリの知り合いを中心に販売を始めた。
しかし……
「もー! どうして売れないのよー!」
当初の思惑に反して、イカロスは未だ一隻も売れていなかった。
「必ずしもいいものが売れるとは限らん。そもそも、客に認知されなきゃ買われるわけないんだからな」
どれだけ優れた商品だろうと、それが消費者に認知されなければ、そもそも売れようがない。
こういうものは、認知という母数があって、初めて結果が出るものだ。
「でもよ……こうも売れないと、ヤル気も下がるってもんだぜ」
席を立ったライをエクリが止めた。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
「ギルドで飲んでくる。酒でもねェと、やってられるかってんだ」
そう言って、その場を後にするライ。
あとには、俺とエクリだけが残された。
「当然だ。宇宙船なんて、安い買い物じゃないからな。修理とはわけが違う」
宇宙船は一隻で少なくとも1000万はくだらない。
ましてや、俺たちの売るイカロスは一隻2500万ゼニーはする。
気軽にできる買い物ではない。
しかし、それだけに、一隻売れるだけでもリターンが大きいのだが。
しばらくして、酒を飲みに行っていたライが戻ってきた。
「取ってきたぜ、契約」
「うそ!?」
エクリがその場に立ち上がる。
「どうやったの!?」
「知り合いの冒険者にしこたま酒飲ませて、酔った勢いで押し切った」
「うわ……」
「ペテン師の面目躍如だな」
やることはやったと言わんばかりに足を机に乗せ、ライがふんぞり返った。
「おい、腐れ外道。この危機的状況でオレが契約取ってきてやったんだぜ? 当然、ボーナスくらい弾んでくれるよなぁ?」
「……いいだろう。利益の一割をやるよ」
ガッツポーズをするライを横目に、エクリが早足で詰め寄った。
「いいの!? そんなにボーナス出しちゃって……」
「ああ。あいつのおかげで、いい売り方を思いついた」
俺の口元に笑みが浮かぶ。
考えてみれば当然のことだった。自分の努力が利益に直結するなら、誰だって全力を出す。
そして、冒険者は誰よりも利益に目敏い生き物だ。
それはつまり、扱い方次第では営業に役に立つかもしれないということだ。
数日後。冒険者ギルドでは、ある噂が飛び交っていた。
「なあ、聞いたか? 例の副業のこと……」
「知り合いに宇宙船を売ったら、利益の一部が貰えるってやつだろ?」
「それだけじゃねェ。その知り合いがさらに別のヤツに売ったら、そいつが売った分の分け前も貰えるって話さ」
「俺から買ったやつが別のやつに売るだけで、何もしなくても金が手に入るわけか……」
「へへ……1人、2人でも俺の下につけられりゃ、いい小遣い稼ぎになりそうだぜ……! なにしろ、船一隻だけで相当いい値段するんだからなァ……」
「それだけじゃねェ。下のやつを10人……いや、100人まで増やしゃ、俺たち一生遊んで暮らせるぜ!」
「船の性能自体も悪くねェみたいだし、こりゃ売れるのは時間の問題かもな……!」
「いや、アウトじゃん!!!!」
新たな販売戦略を聞いたエクリが、素っ頓狂な声を上げた。
「なんの話だ?」
「だってこれ、ねずみ講でしょ!? それって犯罪じゃ……」
「違う。ネットワークビジネスだ」
「同じじゃん!」
一向に理解しないエクリに、俺はため息をついた。
やれやれ、ねずみ講とネットワークビジネスの違いもわからないとは……。
「……シシー」
『帝国法第4355条によると、『終局において破綻すべき性質の商取引を禁ずる』という項目があります』
シシーの説明に、エクリが頭上にハテナを浮かべた。
「えっと……つまり、どういうこと?」
「ようするに、最後に買ったやつがババを引くようなことになるのはダメだって言ってるんだ」
「じゃあダメじゃん!」
エクリが俺に詰め寄る。
「別にババを引かせるわけじゃないだろ。俺たちはただ、値段通り宇宙船を売ってるだけなんだ。……売り方が少し特殊なだけでな」
「なっ……」
「宇宙船を売る過程で一部の紹介者なりが得をするかもしれないが、そんなこと俺たちには関係ないことだ」
俺たちはただ宇宙船を売り、紹介者にマージンを払う。
紹介者は自分の利益を増やすべく知り合いに片っ端から声をかけるようになり、結果的に俺たちも、紹介をした冒険者も利益を得ることができる。
これらは俺がやれと言ったわけではなく、紹介者が勝手にやるだけのこと。
それならば、俺が捕まるいわれはないわけだ。
俺の説明を聞いて、ライとエクリが顔を引きつらせた。
「
「アンタ、そのうち捕まるわよ……」
呆れる二人をよそに、ネットワークビジネスに手を出したことで宇宙船の販売数は徐々に伸び始めていた。
初月が2隻。次の月が3隻。
得られる利益が増えるにつれ、設備投資を進めて造船を効率化していく。
ドックの一部を整理していると、エクリがやってきた。
「なにしてるのよ?」
「AI搭載だけだと、パッと見、値が張りそうな感じがするだろ。ついでに古い宇宙船の下取りも始めようと思ってな」
「下取り?」
「新しい宇宙船を買うんなら、古い宇宙船はいらなくなるだろ。それをうちで引き取る代わりに割引きしてやろうって話さ」
一隻の下取りで最大で200万ゼニーも割引きすれば、宇宙船販売業のさらなる追い風となることだろう。
「アンタがいいってんなら別に構わないんだけど……わざわざ手間を増やして利益を減らすの?」
「忘れたのか? 元々、俺たちはデブリの解体や宇宙船の修理をしていたんだ。得意分野だろ、古い宇宙船の解体なんざ」
AI搭載の宇宙船。
冒険者に勧誘させる販売戦略。
宇宙船下取りによる値引き。
これら三本柱が功を奏し、アナザーヘブン工場の利益は右肩上がりで伸びていった。
また、AIによる操縦補助も話題を呼び、大手の冒険者クランからも注文が入るようになった。
「大口だ。今度の客は一度に100隻買いたいらしい」
新たな注文を告げると、エクリが目を見開いた。
「100隻!?」
「おいおい……やべェな、コレ。こんだけ売れりゃ、冒険者ギルドの借金だって……!」
「ああ。概算だが、一括で返せるだろうな」
エクリとライがガッツポーズをする。
ギルドの借金さえ返せば、冒険者ギルドに暴利を払う必要もなくなり、利益の多くを事業の投資に回すことができる。
利益がさらなる利益を生む、正のスパイラル。
(借金を返したら、資金に余裕もできる。そうなったら、シシーに何か買ってやるか……)
身が軽くなった時のことを思い、俺は一人ほくそ笑むのだった。
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