第25話 強み

 俺の言葉を聞いて、エクリが目を見開いた。


「宇宙船を作るなんて……! そんなのできるの!?」


「前に宇宙要塞を作っただろ。同じように、外側だけ作って、その中に既存のパーツなりエンジンなり搭載していけばいい」


 執務室の窓から部下たちが作業をしているドックを見下ろす。


「宇宙船を造る人も、場所もある。あとは設計図なり建造計画を立てれば、不可能じゃない」


 絶句するエクリに、ライが続けた。


「待て待て。造船するなんて言っちゃいるが、売れる見込みはあるのか? 造ったはいいがアホみたいに売れ残りました、なんて目も当てられんぞ。

 せめて市場の規模だとか、どれくらい売れるか目星をつけてからだな……」


 ライの言うことはもっともだった。


 この辺りの頭の回転の速さは、流石詐欺師といったところか。


「……シシー」


『主要工場で過去3年間、製造、販売された宇宙船を表示します』


 シシーが空中にウィンドウを出現させるた。色とりどりのグラフが表示される。


「いつのまに……」


 エクリがあっけに取られた様子で見つめる。


「遅かれ早かれ造船するつもりだったからな。この星域にある工場を片っ端から調査ハッキングしてたんだ」


「当たり前のように犯罪ハッキングしてるし……」


「モラルの欠片もねぇな、コイツ……」


 エクリとライが呆れた様子でつぶやく。


「このグラフをざっくり説明するとだ。デカい工場ほど帝国軍やら大企業に船を卸して、小さいところほど個人──冒険者や中小企業に卸してるってことになる」


「それじゃあ、あたしたちも冒険者向けに宇宙船を作るのね?」


「それはそうなんだが、まだ足りないな……」


「えっ!?」


「既存の市場マーケットに参入するんだ。何かしら強みがないと客を引っ張ってこれない……ってことだろ」


 ライの言葉に俺が頷いた。


 帝国国内に造船所は数多あるが、工場によって強みや特色が異なる。


 強力な兵器を搭載するもの。強固なシールドを備えるもの。価格で勝負するもの。保証期間を長く設定しているもの。珍しいパーツを使うものまで、多岐に渡る。


「強み、か……」


 エクリが難しい顔でつぶやく。


「そりゃ簡単に見つけられたら苦労しねぇよな……」


 ライもお手上げといった様子で天を仰いだ。


 かくいう俺も、情報を集めたもののどこから手をつけたらいいか手をこまねいている状態だった。


 そんな時、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。


『新たな造船プランを検討しているのなら、シーシュポスに訪船することをオススメします』


「シシー?」


『シーシュポスはカイルが大幅な改造を施した船です。帝国正規軍に劣らぬ戦力を有しており、冒険者の使う船としては破格の性能を有していると言えるでしょう』


「だが、あれは趣味の延長線みたいなもんだ。別物だろ、売り物になるかどうかは……」


 趣味が高じて、採算やコスパを度外視した改造を加えたのがシーシュポスだ。


 性能はともかく、コストが高すぎて売り物になるとは思えない。


『しかし、事業計画そのものが行き詰まっている以上、行動なくして現状を打破できるとは思いません』


 なるほど、シシーの言うことも一理ある。


「行動なくして、か……」


 そうして、俺たちはシシーに勧められるがままシーシュポスに乗船するのだった。






 シーシュポスにやってくると、エクリがぐるりと船内を見回した。


「へぇ、意外と片付いてるじゃない」


「気になるだろ、散らかってたら」


「料理も上手いし、もしかしてアンタって意外と家庭的?」


「からかうな」


 そんな俺たちの様子を見て、ライがため息をついた。


「痴話喧嘩ならオレがいないところでやってくれないか?」


 ライにたしなめられ、慌ててエクリが離れるのだった。




 そうして、シーシュポスの船橋にやってくると、エクリとライが物珍しそうに辺りを見回した。


「ここがシーシュポスのコックピット……」


「思ったより普通……っていうか、全体的にスッキリしてるな……」


「いいことだろ。スッキリしてる方が」


 操縦席に乗り込むと、いつものようにエンジンをかけてみせる。


 俺の操作を見て、エクリが首を傾げた。


「あれ、操作少なくない? 姿勢制御は?」


「シシーに任せてる」


「慣性補正は?」


「シシーに任せてる」


「エンジンの出力管理は?」


「シシーに任せてる。というか、全部シシーにやってもらってる」


 俺の答えに、エクリがあんぐりと口を開いた。


「どうした。何をそんなに驚いている」


「全部シシーに任せるなんて、そんなのあり!? あたしだって、冒険者に必要最低限の技術を身につけるのに、3年はかかったってのに……」


「楽できるところを楽して何が悪い。仕事を詰め込みすぎてパンクしたら、元も子もないだろ」


 エクリが「うっ」と怯む。


 味方を増やそうと思ったのか、ライの服を引っ張った。


「ほら、アンタもなんとか言いなさいよ!」


「いや、オレは悪くないと思ったぞ」


「はぁ!?」


「そもそも、冒険者は仕事量が多すぎるんだ。ワンオペで宇宙船を動かして、その上クエストまでこなさにゃならないんだからな……」


 ライの言葉を聞いて、エクリが頬を膨らませた。


「……しょーがないでしょ。人海戦術でどうにかなる帝国軍や警備隊ならまだしも、冒険者は少人数で船回してるんだから……」


「……………………」


 二人の会話にニヤリと笑みを浮かべる俺に、シシーが尋ねた。


『どうしたのですか、カイル?』


「つまり、少人数でも楽に回せる船は需要があるってことだな……?」







 一月後。シシーを元に作られたAIが完成すると、エクリやライを乗せて試運転を始めていた。


「航路と目的地の設定が終わった。あとは自動でやってくるれるぞ」


「本当? 楽すぎて、なんだか怖いんだけど……」


「オレはいいと思うがな。楽なのはいいことだ」


 進路上から小惑星が迫ってきていた。


「あっ!」


 エクリが声を上げる。


「問題ない」


 進路を調整し、小惑星との衝突コースを回避する。


「障害物は自動で避けるように設定してある」


 AIの能力次第ではさらに複雑な操作も可能だが、今はこれくらいでいいだろう。




 そうして、道中さしたる問題もなく、俺たちは目的地であるコロニーに到着した。


「あとは、船をコロニーに着けるだけだな」


 エンジンの回転数を下げ、スラスター主軸の移動に切り替わる。


「船を着けるのって、いつも神経使うのよね〜」


 エクリがヒヤヒヤした様子で見守る。


「船を接舷してくれ。目的地はGの577ポートだ」


『了解しました』


 俺が命令をすると、AIが船体を減速させた。


 スラスターでじわじわ近づけ、ゆっくりとコロニーに接舷を始める。


 やがて完全に船を着けると、移動用の通路がコロニーと繋がった。


「すごっ……!」


「カンペキだな……!」


 エクリとライが感嘆の声を上げる。


 これで一通り試運転は終了といったところか。


「シシー、お前から見て、新しいAIはどんな感じだ?」


『問題ありません。実用に足るレベルに達していると言えるでしょう』


「それじゃあ、あとはコイツを売るだけだな」


 アナザーヘブンに戻ると、すぐさま部下に命じて造船を始めた。


 兵装やシールドは基本的なものを揃え、他の工場と差別化するべくコックピットには人工知能を搭載させた。


 こうして、AIを搭載した冒険者支援宇宙船──イカロスを売り出すのだった。

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